瀬奥山トンネル

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瀬奥山トンネル

東京都 多摩市 『瀬奥山(セオクヤマ)トンネル』 遅刻組というレッテルを貼られた藤林、出雲は紅鉄、雨ヶ崎と共にトンネルへ来ていた。 中級、若しくは高級の霊。民間人をも巻き込んでいる。 民間人の救出、若しくは“回収”。どちらにせよ一刻も速く祓わなければ、被害が拡大する案件だ。 (任務らしい任務を出してくれた……これでちゃっちゃと終わらせたらいいんだろ。今に見てろ……) 藤林は内心ほくそ笑む。 トンネルは築六十年と言ったところか。 コンクリートの壁には些細な罅や落書きが入り、規則的に設置されているはずの上部の照明は点検されていないのか大半が点いていない。 その為、探索には懐中電灯が必須であった。 先頭を歩く出雲と紅鉄の手に握られた電灯が道を照らす。 「あー、早苗だっけ?あんた、生まれ何処って言った?」 道の脇を流れる排水溝と四人分の足音を紅鉄の声が打ち消した。 地面から顔を上げ藤林は赤銅色の瞳と目が合う。 「伊賀です。伊賀の里」 「伊賀か……ははっ、お手並みを拝見させて貰うよ、忍者の末裔」 「見てて下さい」 「おい」 出雲の歩みが止まった。電灯が照らす先に自然と視線も釣られる。 道が二手に分かれていた。このトンネルは一本道だ。曲がる要素は一つもない。だが目の前に広がるのは二つの空洞だ。藤林は息を飲む。 「霊力によって空間が捻じ曲げられている。一つが偽物。 恐らく其方(間違い)の道を選べば、三日月の言ったような神隠しが発生する仕組み」 「……こんな高度な技が出来るって事は、高級霊でしょうね。 さ、秤、早苗どっちを選ぶ?」 出雲は無愛想な顔のまま顎に手を当て、暫く思案する。 目蓋を閉じ、睫毛の影が映る。それを見て藤林は場違いな事を考える。 (睫毛長いな……) 「……俺たちと先輩方を二つに分けます。そうしたらどっちかは無事になる。多分、先輩方の方は相性とかに詳しいと思うので、組み分けはお願いします」 「梅雨」 紅鉄の呼び掛けに雨ヶ崎は頷いた。白い面の丁度目に当たる部分には忽ち青の十字架マークが浮かび上がった。藤林、出雲をそれぞれ頭部から足先まで観察すると、雨ヶ崎は手を挙げた。手は二つを数えている。 「……私がする質問は二つ。 一、藤林早苗の術式 二、出雲秤の体内を占める現在の陰陽の割合」 (どういう仕組みだ?あの面。さっきまで真っ白だっただろ……) 「俺の体内は、陰 六割、陽 四割って言ったところです。 なのでこういう暗いところじゃあんま……」 「その先は把握している。不要。藤林早苗、忍者の末裔と言った。 そのせいか無意識的に術式に鍵が掛けられている。私には解らない」 端的にだが特徴的な喋り方をする。 「敵を錯乱させ、あるものをないように、ないものをあるように見せる術式です」 「茜。藤林早苗と。私、出雲秤」 紅鉄を指すと、指の矛先を藤林の真横へ変える。そうすると雨ヶ崎本人は出雲の隣へ並んだ。紅鉄は白い歯を見せ笑う。 「私達は右を行くわ。 ……お互い、生きていたらまた会いましょ」 トンネルの右の道へ、紅鉄らは足を向ける。雨ヶ崎らも歩き出す。 紅鉄はすれ違い様にそっと嘲笑を零した。 それぞれの闇に、彼らの姿は溶けていった。 照明が一つジジッと点灯した。
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