瀬奥山トンネル

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女性の背中からぬるりと浮かび上がってくる異形。 人型であるが身体中紫で夥しい数の赤い手跡が肌の上に残されていた。強く掴まれたように肩、腕に特に多い。やはり顔は黒髪が覆い伺えない。 (腕が伸びて来る前に仕留める!!) 『幻影術 複数幻影(フクスウゲンエイ)』 藤林本体の身体を支柱に二体藤林が出現する。片方は右へもう片方は左へと霊を囲むように距離を縮める。 (へぇー。自立式の分身の術って言うところかしら……) 藤林らは苦無を指の間に挟むとテンポ良く霊向けて投げた。『強制的に憑依を中止させられた』という情報を霊は処理しきれてないのか、唖然としたように女性の身体を見つめて動かない。 的のように最も簡単に藤林の投げた苦無は両脚と左胸に刺さる。 霊は我に帰り、前傾姿勢で藤林を睨み付ける。苦無の持ち手に触れるが、ビリっと電流が発生し、紫の細長い指が痙攣する。 「そう簡単には抜けねえよ。対霊用の術式を掛けてンだ」 本体も霊との距離をゆっくりと縮める。取り出した苦無は先程までのものとは大きく異なり紫色のオーラを刃が纏っていた。刃の部分を光に照らすように、掲げると眼を細め微笑む。 「これで終いだ」 クナイを勢いよく霊向かって投げ付ける。腹に刺さりグサッと醜い音を立てる。傷口から徐々に黒く脆く体が染まっていく。 「イ、ヤ、イヤ、イヤダァァァァァァ………!!!」 霊は髪を掻き毟る。髪の合間から血走った目が覗く。藤林は背筋が凍るのを感じた。染まりきっていない身体に残された手跡が一層強く紅くなる。 地面から一本の手が伸び、クナイを身体から引き抜く。 (なんで……早苗の対霊用の術式が効かなかった?怨霊でもないのに、どうして……) それを藤林目掛けて投げ付ける。避けなければという思いと裏腹に身体は一歩たりとも動かない。否、動けない。苦無の先が額へ近付く。 ザシュッと早苗の頬を掠めた。ピリピリとした鋭い痛みと共に、視界には銃を持った紅鉄の姿。そこでようやく、苦無の軌道を変えるために紅鉄が発砲したと理解した。 霊の虚しい抵抗も終わり、身体は崩れ落ち消える。霊の残影として残ったのは藤林の頬に残った細長い切傷。 「茜さん、すみませんでした……」 「……新人の実力確認の初任務で死んだら笑い話にならないでしょ。 大体、一発で仕留めなさいよ。霊ってのは致命傷与えても中々死なないんだから。 今回は見逃すけど、次から心臓狙いなさいよ」 「はい……」 ぼんやりと遠くを眺める瞳にトンネルの先の僅かな光が映る。 「おい!」 聞き覚えがある声だ。出雲のものだ。トンネル内に出雲の声が木霊する。 「無事みたいね。秤、ちょっと来なさい!」 そう呼び掛けた直後、倒れ込んだ女性の身体を起こす。 先程の夥しい表情ではなく、清楚な美しい女性だ。生命を感じない土色の肌だが人間の顔で藤林は内心安心する。 女性の身体を紅鉄は背中へ移すと背負い、立ち上がる。紅鉄の衝撃の行動に驚嘆の声が思わず零れる。 「茜さん!大丈夫なんですか!?」 「大丈夫に決まってるでしょ。こう見えても陰陽師やってたら鍛えられるのよ」 出口向かって平然と歩き出す。気後れしながらも、藤林は紅鉄の背後を追う。丁度駆けて来た出雲と合流する。 「無事っすか?良かったです」 「無事だけど、疲れたからこの子背負ってくれない?」 返事も聞かず、己の背中から出雲の背中へと女性を移す。強制的に背負わざるえない状況を作り出され、出雲の口からは動揺の声が零れた。 「さっき、大丈夫だって……」 「大丈夫だけど、頼れる男がいるんだったら頼るに限るでしょ。 さて、さっさと帰るわよ。もう、夏目達も帰ってるだろうし。 あー、疲れた疲れた」 あからさまに疲れたというように紅鉄は右肩を押さえ、首を回し歩き出す。 里であれば絶対に体験しなかったであろうやりきれないほどの幸せを感じ、頬が緩むのを自分でも感じた。 「茜さん、待って下さい!」 藤林は先を行く紅鉄の元まで上機嫌で駆けた。
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