秘めるもの、狙うもの

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秘めるもの、狙うもの

「あ、おかえり〜」 三日月の声に視線は一斉に扉の元へ集まる。藤林らが帰還したのだ。 藤林除いた三人はこれといった変化はないが、藤林の頬には何か刃物が掠ったかのような切傷が入っている。 「ん?傷口大丈夫か?えーっと……」 「藤林早苗。こんなん擦り傷だ。気にする事ない。 茜さん、救急箱ってありますか?」 「三日月が知ってる」 「うん?そこ」 三日月寛ぐソファーの後ろに置かれる木製の棚を指差す。上から二段目に赤十字の入った白箱が置かれている。しゃがみ込むと、それを取り再び立ち上がる。何を考えたのか扉元に佇んでいた雨ヶ崎は、下駄を鳴らし藤林の前で止まった。 「梅雨さん?」 「傷口、やる」 藤林へ手を差し出す。救急箱を差し出せという事だろうか。傷のない綺麗な掌の上に救急箱を置く。すると「こっち」と首で部屋の隅にある丸椅子を指す。 大人しく腰掛ける。雨ケ崎はその前に片膝を付きしゃがみ込んだ。 「おぉ、珍しいじゃないの」 「……怪我、私に関係ある。だから当然」 コットンに消毒液を染み込ませながら雨ヶ崎は言う。壊れ物を扱うような手付きで藤林の頬へ触れると「染みる」と忠告しコットンで傷口叩く。 ひんやりとした鋭い痛みに堪えるよう、藤林の眉間に皺が寄る。白い面を着けた者が自分の手当てをしている。そう思うと何とも擽ったい気持ちになる。一通り消毒を終え、ガーゼを貼られる。藤林は目を寄せ、ガーゼの上から頬を撫でた。 ソファーから身体を起こした三日月は夏目と紅鉄の顔を見、話を始めた。 「それで、両方とも上手くいったんでしょう?」 「難なくね。センパイさー、いくら新人の力試しって言っても低級と中級の間は無いでしょ。本当に妖力があるかは確認出来たけど、何も無かったよ」 「こっちなんて乙女の顔に傷付いてんだよ。間違ってんだろ」 返ってきたのは不満の声。三日月は肩を竦める。 「あのさー、君達は二つ年上だからそう言うかもしんないけど新人だからね? 僕の優しさに感謝ぐらいしてくれない?」 「夏目の言う通りだ。難易度が低過ぎた」 「俺霊の姿さえ見てないです。二手に分かれて霊に遭遇しない安全な道通ったんで。だからもう少し負担を分担出来るような任務だったら良かったんですけど……」 追い討ちのように烏丸、出雲の口からも不満が出る。 一縷の望みのように三日月は静希の瞳を見つめる。苦笑いを浮かべ、頬を掻く。 「あー……俺は初めてだったんで、あれぐらいで別に良かったっすよ。 一番最初は実践よりも見学する方が良かったんで」 「静希は優しいね〜。僕の優しさ素直に受け入れてくれたの静希だけだよ」 (受け入れたというか……三日月さんが言わせた……) そう言いたいのをぐっと堪え、あははと乾いた愛想笑いを零す。 「さて、不満があるのは分かった。けど、今日疲れたでしょ?もう帰って良いよ。梅雨、寮の場所案内してあげて」 雨ヶ崎は頷くと「こっち」と扉を開け、廊下からじっと藤林らを見る。 最初に動いたのは藤林であった。丸椅子から腰を上げると紅鉄に「お先に失礼します」と告げ雨ヶ崎の元へ足を進める。その後、残る夏目らに会釈した静希、出雲、烏丸と続いた。 雨ヶ崎は四人が出てきた事を確認すると扉を引いた。 「……ねえ、何で許可したの僕なのに何で感謝の言葉無かったの?」 「日々の行いだろ」 呆れたように溜め息混じりで紅鉄は言葉を返す。 「まだ初日だけど」 「一つ一つの行動に滲み出てんだよ」 紅鉄は先程まで静希らが腰かけていた三日月の正面のソファーへ、夏目は丸椅子へ腰掛ける。 「で、話は何よ」 脚を組み、三日月に紅鉄が発した第一声だった。
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