陰陽師戦闘態勢

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陰陽寮本舎と離れを繋ぐ渡り廊下。造りは壁の無い透渡殿(スキワタドノ)だ。木部の朱色の塗装は永い間塗り直されていないのが分かる。下を流れる川を避けるように地より少し浮いた造りで橋の役目も果たしていた。小川には季節が真逆の桜の花びらが水面に浮かぶ。 その柱と柱の間を繋ぐ朱の糸の間に付けられるのは異様な数の黄金の鈴。それは渡り廊下の果てしないずっと先まで続いている。 下を流れる小川のせせらぎと百鬼の足音。そして木の軋む音。 風が吹く。鈴が揺れる。だがどういう訳か音はしない。 この鈴は『呪鈴(ジュリン)』と呼ばれるもので一定以上の未登録の妖力が敷地内に感知された場合のみに鳴る。それが用心深くこんなにも多く付けられているという事はこの先にいる人物が大物である事を示す。 陰陽寮上層部。頭、助といった陰陽師界を筆頭する陰陽師とは別に彼らは陰陽師という職の維持に関わっている。 その一人が『霊視特務課』の課長。非陰陽師の家系の出で上層部の一員となった珍しい人物だ。彼の術式は『無条件の結界の作成、維持』 どんな時、場所、範囲であれ自由に結界を作成でき、解除は自由だ。陰陽寮維持の要とも云える。それ故、呪禁師に狙われる。呪鈴の多さにそれが繋がってくる。 (いつ来ても本当に慣れない……) 離れの手前まで差し掛かった頃、百鬼は肩に力が入るのを感じた。 同じ敷地内でも此処は俗世を生きる人間が訪れてはいけない神の住む聖域のような厳かさと異世界感がある。季節関係無しに咲き誇る花々もそれを証明しているようだった。 百鬼は課長の本当の姿を見た事は無い。此処に居るのは全て重鎮たちの仮初めの姿。こんなにも厳重にされていても上層部となると生身の身体を預ける事は出来ない。居所を知っているのは信頼の置ける数人の職員のみだ。 だが仮初めに会うのはこれが四回目であった。一回目はとして御前会議で。二回目は初めて謁見が許された時。三回目は今日と同じ陰陽寮全体への結界を張る事を頼みに行った時。そして今日四回目。 「百鬼様ですね」 離れの戸口に立ったのは日本人形のように黒髪を肩に掛かるぐらいで切り揃えた和服の少女であった。凛と鈴を転がすような声に言葉を乗せる。 彼女はこの離れと俗世を繋ぐ仲介人のような人物だ。そのため人間離れした雰囲気を持ち、歳下だが妙な威圧感を感じる。 「御案内致します」 薄暗い離れの中から湿った風が吹き抜けた。 離れへ足を踏み入れる彼女を追うように百鬼は覚悟を決め敷居を超えた。
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