陰陽師戦闘態勢

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一直線に続く廊下。終わりは見えない。 午前中にも関わらず離れの中は薄暗いが、照明は床に設置されている行灯だけで充分な明るさであった。右側の漆喰の壁と交互に等間隔で埋め込まれている格子の先には姿隠しの縄暖簾が吊り下げられている。 冷気が肌を触る。後ろめたい事はないはずなのに自分が踏み入れてはいけない禁足地に足を進めているように錯覚する。 「此方で御座います」 少女は一つの格子の前で立ち止まると正座をし、格子の先にはいるへ呼び掛けた。 「百鬼様が参られました。御通し致します」 人一人が屈んで通れるほどの小さな戸口には呪鈴と共に錠前が三つ掛かっていた。少女は懐から鍵の束を取り出すと、一つ一つ別の鍵を差し込み外した。ようやく扉が開かれる。少女は扉の側へ控え、厳かな口調で告げた。 「この先に居られます。くれぐれも御無礼のないように」 ゆっくり頷くと百鬼は禁足地へ足を踏み入れた。 縄暖簾を潜る。その先にあるのは七五三で身に付けるような絢爛な紅い着物を着た日本人形。 「よく来たね、百鬼(ナキリ)。かれこれ一年ぶりぐらいかな。 私も君も死なずにまた会う事が出来て嬉しく思うよ」 無表情な日本人形は口を動かし、機械音声越しに課長の嬉々とした雰囲気を感じた。それこそが霊視特務課課長の仮初めの姿であった。 「課長に大きな難なく大変安心しています」 「全くだよ。自分でも年を越せて安心している。安全ならばきちんと霊課のみんなに顔を合わせて話したいんだけど中々そう上手くもいかないんだ。 此処に来た事あるのは誰がいたかな。世羅はつい最近顔を見せてくれたから覚えているんだけどね。年寄りになると覚えていられなくて嫌になるよ」 「私の知る限りでは、三日月さん、夏目くん、あたりでしょうか」 百鬼の言葉に人形越しに課長が苦笑いを零すのが伝わった。 「十人も職員がいるのに会った事あるのがたったの四人だなんて、課長として恥ずかしい限りだよ。この長い争いが終われば、自由の身になるんだけどね」 「……本日はその争いの件で御協力して頂きたく参りました」 「呪禁館が抗争を仕掛けたんだろう。外に居る夕顔(ユウガオ)が話してくれたよ。陰陽寮を護るのが私の役目。任せなさい」 穏やかな口調は変わらないものの、人形に命ないからこそ課長から伝播する冷たい空気を顕著に感じる。 「結界の下準備は終わったかい」 「夏目くんに急ぐよう頼んだので、もう少しだと思います」 「彼ならしっかりやってくれるだろうね。恐らく誰よりも結界の重要性を知っている」 その時、百鬼のスーツスラックスのポケットに入れていたスマートフォンが振動しているのに気付く。「失礼します」と断りを入れ縄暖簾の外に出る。 画面が表示するのは話題となっていた夏目の名前。 「はい、百鬼です」 『百鬼サン、竹結界設置完了しました。準備オッケーです』 「分かりました。ご苦労様です。ありがとうございました。もう帰って良いですよ」 『じゃあお言葉に甘えて失礼しまーす』 数秒の雑音のあと、プツっと会話は終了する。スマートフォンをポケットへ戻すと、再び縄暖簾の内側へと入る。 「準備出来たようです」 「タイミング良かったね。百鬼、下がって良いよ。夕顔、後はお願いするよ」 格子の先に控える日本人形紛いの少女、夕顔(ユウガオ)に呼び掛ける。 百鬼は会釈すると、縄暖簾の手を掛ける。 「ああ、そうだ。言い忘れていた」 「何でしょうか」 百鬼は振り返る。 「今年の新人……非陰陽師(にんげん)を巻き込んで陰陽師界の風向きを大きく変えるだろう。必ずね。 よく見ておくんだよ」 人形の黒の瞳が不思議と信憑性を持たせ、人間離れした機械音声が言葉の重みを増す。取り入るように黒の瞳を見つめる。 「百鬼様」 夕顔の声に我に帰る。一礼すると今度こそ縄暖簾を潜った。最後まで課長の言葉とそれに信憑性を持たせる日本人形の黒の瞳が頭から離れなかった。
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