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「ただいま〜!」
弾んだ調子の夏目の声はやや落ち気味であった部屋の空気を和やかなものにする。管理課から戻って来た静希は任された事務仕事をこなすパソコンから顔を上げた。
「お疲れ様です」
「随分早かったわね」
「ああ。百鬼サンから準備完了伝えたら戻って良いっていう指示が出たから帰って来た。そろそろ結界張られると思うぜ」
夏目は紅鉄と掛け合いをしながら窓のそばに立つ。斜陽が古びた木床を照らす。それにつられ静希らの視線も窓の外に移る。グラウンドのように広い半楕円形の黄土色の土地。それを囲む静かな緑の葉をつける木々。
鬱蒼と茂る葉が目隠しとなり、先までは見通せない。
「はい、静希。余所見終わり。教えてあげてるんだから早く身に付けなさい」
「ハイ」
紅鉄の棘のある言葉で自然により洗われた心は現実に戻る。
現在静希が熟している仕事は抗争とは無関係の除霊の仕事分担をする紅鉄のサポートだ。就職二日目の新人がやっていいものかと、耳を疑ったが概要書類と共に渡されたのはマニュアル。
陰陽寮所属の陰陽師は律令官によって頭、助、允、属と強さによって位分けされているがその位によって任される仕事の難易度が異なる。
マニュアルには階級における細かい仕事区分が記されているため、特殊なパターンでない限り大抵の仕事は新人でも割り振ることが可能なのだ。
「へぇ……仕事分けか。二日目でやるな」
夏目は静希のパソコンの画面を覗き込むとそう呟く。
「うわっ!?」
静希は突然の声に思わずたじろぐ。静希の反応に夏目は苦笑を零す。
「そんな驚くなって。敵じゃあるまいし」
(全然気配がしなかった……)
人というのは背後に忍び寄られると気配や圧を感じるものだ。それで背後に立っているということを姿見ずとも把握出来る。
先輩の紅鉄や静希の同期である烏丸などが背後に立ったのは気付く。だが夏目のは全くそれに気付かなかった。
「な、な。俺、何の任務予定入ってんの?」
画面をスクロールさせ、夏目の欄まで辿り着く。そこは未だ空白だ。
「まだ何も入れてないっすね」
「俺、仕事しなくて良いとかワンチャンある?」
「何言ってんの。アンタ、上層部から直接下りてきた案件あるでしょ」
静希の正面の席に座る紅鉄は言葉に若干の棘を含ませる。
「あぁ……『術式怨霊』の件か?
大丈夫。あれならもう片がつく」
「あの、ナントカ怨霊って何すか?」
「術式怨霊。生前に消費できなかった大量の妖力が具現化した怨霊よ。
殆どが元は陰陽師で術式が使えるからそう言われてる。
術式怨霊には『祓う』という概念がないけどその代わり、源となっている妖力を全て消費する事で消滅する。それで夏目は対術式怨霊に特化してて上層部からそういった案件が降りてくるの」
「……へぇ……」
「アンタ、よく分かってないでしょ」
紅鉄はじっとりした目でこちらを見る。紅鉄の言葉は図星だ。慌てて口を開く。
「分かれっていう方が無理あるんすよ。俺、まだ二日目っすよ」
「聞いてきたのはアンタでしょ」
「こんな長い説明になるなんて思って無かったんすよ!」
「ま、まあまあ!静希二日目だし、まだまだ素人だよ?
これから嫌でも知らなきゃいけなくなるんだから別に良いじゃん」
夏目の仲介の言葉あってその会話はそこで終わった。
だが紅鉄は根に持つタイプのようでその後の仕事説明が雑になったのはまた別の話だ。
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