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陰陽寮本舎へ向かう坂道の途中。
普段なら移動術を使う三日月が徒歩で向かっているのには訳があった。
伏せた目が視線を注ぐ掌には先程の御守りが握り締められている。
(まーじで、訳わかんねえな……この事を何て話すか……
課長と藍ちゃんは元々勘付いていたからいいとして、上層部がまた煩いだろうな。正体不明の人間を職員として雇うなんて……)
頭の片隅でそんな事を考えていると、先の曲がり角から見覚えのある人物が現れた。三日月が徒歩を選んだ理由だ。
「やっほー!藍ちゃん」
三日月に焦点を合わせた百鬼は顔を顰める。そして背を向け、元来た道を歩き出した。明らかに避けている。
「ちょっとぉー」
そんな事を気にする様子もなく、三日月はあっという間に百鬼の元まで駆け寄り、動きを封じるように肩を組んだ。
「……静希、読み通りだったよ」
百鬼に囁く三日月の声は落ち着いていており何処か緊張も含まれていた。
動じることは無かったが、対照的に百鬼は気持を落ち着かせるような深呼吸をした。
「どうするつもりで?」
「そんな事、聞かなくたって分かるでしょ。今まで通り職員として働いてもらう。静希本人も同期三人のにも自分の意志で覚悟して貰った」
「それはどこまで話して」
「静希の妖力は大き過ぎて不明である事、彼らには人きっと一倍の苦労を強いる事」
三日月の返答に深く溜息を吐くと、眉間に刻まれる皺を伸ばす。
「課長からの言付け、貴方にも共有しておきましょう。
『今年の新人……非陰陽師を巻き込んで陰陽師界の風向きを大きく変えるだろう。必ずね。
よく見ておくんだよ』
……私は課長の読み通りだと思います。今年の霊課には不自然なほど非凡が集まっている。恐らく、呪禁館が動き出したのも何らかの関係があるでしょう。人一倍などではありませんよ。
彼らは経験に合わない大きさの苦労や後悔を背負う事になります。
今、覚悟して貰ってもロクな事になりません」
「僕、藍ちゃんのすぐ客観的に見ようとするところ嫌いだよ」
百鬼は口を真一文字に結び、反論する。
「客観的に見る事も大事でしょう」
「うん、大事だよ。けど、それは僕たちの仕事じゃない。
葛葉静希と共に働く数少ない仲間だ。僕たちが主観で判断しないでどうする。それに客観的に見て覚悟をするより、自分の好き嫌いの主観で判断する方が案外、揺るがないものだよ。実際、武器を向けた茜たちも静希に絆されてすっかり和気藹々しちゃってるしね。
藍ちゃん、僕はいいと思うよ。本人たちが相応の覚悟をしているなら、それに応えるのは先輩の役目じゃないの?」
「上層部、きっと煩いですよ」
「なぁに、去年、龍くんに無期限の延長を結ばせたの誰だと思ってんの。二度ある事は三度あるって言うし任せとけって」
「使い方合ってるんですか。それで……」
「細かい事は気にしなーいの。早速僕、これからアポ取ってくるから。バイバーイ」
肩から手を離し、その手を振ると三日月は本舎向かって歩き出した。
百鬼の視界に映る彼の背中は、様々なものを失った昨年のと重なった。
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