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基礎訓練
休日を挟んだ月曜日、三日目。
結界を通り抜ける術を持たない静希は休日も寮外を出る事は不可能で、荷解きのみの無意味な休日を過ごした。
「おはようございます」
憂鬱な気持ちで扉を開けた静希に紅鉄は目を見開いた。
「あれ?今日は直接、旧會館に来いって聞いてなかった?」
「旧會館?何ですか、それ」
静希の返答に眉間に皺を寄せ「あの馬鹿……」と呟く。
一つ溜息を吐くと、オフィスチェアの背もたれに掛かる黒ジャケットに腕を通した。
「……連絡の食い違いがあったみたいね。私が案内するわ。
梅雨、あとはよろしくね」
雨ヶ崎が頷いたのを見届けると、二人は先程入ってきた扉から出て行った。
左右に分かれる廊下の右の道を選ぶ。右は玄関口のある方だ。
二人分の不規則な足音が響く。
(気まずい……みんながいるところじゃ、何度か話した事あるけど、二人じゃ話したことないんだよな……なんかこぇし……)
「葛葉、そういやお前何でここ受けたの」
紅鉄の突然の声掛けに静希は肩に力が入れ、変な声が零れる。
「へっ!?滑り止めですけど……」
「普通、滑る止めでもこんな怪しさ満載のところ受けないでしょ。変わってるわね」
鼻を鳴らす紅鉄の言葉に静希は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ紅鉄さんはなんで」
紅鉄も一般人ではないが、かと言って陰陽師関連であったとも思えない。
出雲に近いグレーなラインだ。
「私?私は高校の時の転校生がこっち系の人間だったの。
それまでは霊も見えない一般人。それで関わってるうちに、術式に目覚めて気が付けばよ。まあ、少々危険だけど悪くはないわ」
「……けど死ぬ可能性だってあるんですよね?怖く、ないんすか?」
「愚問ね。怖くないわ。そんな甘ったるい覚悟でしてないの」
静希は横顔をじっと見つめた。茶の瞳には凛とした光が宿っているが、何かを愛でるかのような柔らかな視線を見せた。見たことがない。
静希の視線に気付いたのか、怪訝な顔を見せた。
「なに、セクハラ?」
「なっ!?」
静希の反応に怪訝な表情から一変し、茶化した笑顔を浮かべる。
「冗談よ。あんたの事、眼中にないから安心して。
あ、外出るわよ」
木製の箱が並び成す靴箱の一つを開け、漆黒のブーツを取り出す。
つられて静希も己のところから取り出し、履き替える。
初秋の陽射しが眩しい。額に手を翳し宙を見上げる。澄み切った青々しい空が高く見えた。
「ほら、ぼーっとしてないで行くわよ」
「あ、はい!」
「そーいえば、旧會館って何なんですか?」
目的の場所へ向かう途中、静希は思い出したかのように尋ねた。
「今じゃほぼ霊課専用だけど、元は陰陽寮の武道場よ。私が就職した時には既にそうだったかしら……
そうそう、暫くは旧會館で近接、妖力訓練よ。先輩が変わりばんこに教えてあげるから頑張りなさいよ」
「はっ!?」
「呪禁館との対立状態が続いてる中、新人任務に出すなんて自殺行為だしアンタたちやっぱ弱いしね」
「あそこよ」と紅鉄は坂の上にある木造建築を指差す。十分な距離があるが静希にはとても近く見える気がした。
辿り着かなければいいのにとそっと項垂れた。
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