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紅鉄はガラッと建てつけの悪そうなガラス障子を引いた。
ふわりと染み付いた汗と木の入り混じった独特な臭いが鼻を掠めた。
想像通りの道場というような檜床に漆喰で固められた室内であった。
引き戸に一番近い角の壁には『抑強扶弱』と彫られた木板が吊るされていた。
既にこの場には同期全員と三日月、百鬼、夏目が揃っている。
「遅いよ〜……あれ?なんで茜いるの?茜の担当今日じゃないでしょ」
首を傾げる三日月を見て紅鉄の額には青筋が浮かぶ。ズカズカと乗り込むと、疑問符が浮いたままの三日月の胸ぐらを掴んだ。
「アンタが伝え忘れてたからだろうが!」
怒声とともに三日月の身体を床に勢い良く叩き落とす。背中がドスッと鈍い音を立てた。
「茜さん、かっこいい……!」
口元に手を当て頬を赤らめる藤林を両脇に立つ出雲と烏丸は怪訝そうな顔で見た。
「いったぁ!なんで!?」
「もう一回落としてやろうか?」
「ハイ、スミマセン」
凄みのある低音の声に三日月は萎縮する。見ていた静希もつられて冷や汗を掻く。内心悲鳴を挙げたい。
(やっぱこええ……!!)
「んじゃあ、夏目、百鬼さん後は頼みます。早苗、頑張れよ」
紅鉄は不敵にウインクすると藤林は更に紅潮させ、元気よく返事をする。
「はい!」
(……アイツってあんなキャラだったか?)
静希の脳裏に浮かぶ藤林早苗の人物像。
(初対面の時男勝りでツンツンしていたクール系女子だったのに、今じゃアイドル応援してる乙女の顔だよな……紅鉄さん、何した?)
紅鉄の姿が見えなくなると、藤林の顔から表情は消え、見覚えのある冷ややかな視線を持つ無表情に戻る。
「はいはい、切り替えますよ。三日月さんも床を芋虫のように這いずらないで下さい。子供ですか」
「だってー……」
まさに芋虫だ。三日月は体全体を小刻みに動かし、床をずりずりと進む。
(うっわ……)
「失礼、子供でしたね」
「ちょっとぉ?今、藍ちゃん何っつた?」
勢いよく立ち上がると、百鬼へガンを飛ばす。動じず百鬼はそれを適当にあしらう。
「いえ、何も。
では改めて、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
烏丸除いた三人は挨拶に応える。百鬼は目を細め彼を一見すると、全員を対象に入れた。
「今日から我々が貴方達に向けて行うのは基礎訓練です。
本来、この時期は太宰府との合同術式開花訓練を行うのですが、生憎教官役が手を離せない状態で。
その代わりに私たちが視力、近接、妖具の扱いを指導します。
妖具というのは既に妖力の込められた武器のことです。
今日は忌庫番から幾つか借りてきました」
百鬼が立ち位置から少し離れると、背後には幾つかの武器が無造作に並べられた会議机が設置されていた。
刀剣、拳銃といった一般的なものから苦無、薙刀、三節棍などの馴染みの無いものも含まれている。その中には先日扱った呪符もあった。
「視力を夏目くんが、近接を三日月さん、妖具を私が指導させて頂きます。
初任務の結果も加味しながら、葛葉くん、藤林さんは視力。近接を出雲くん。烏丸くんは妖具です。
後はそれぞれに任せますので、担当者の指示を聞くように。では」
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