瀬奥山トンネル

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早苗は口元で掌を広げると、ふぅーっと息を吹き掛けた。 掌から白の花弁が出現し、それは宙に舞う。 『幻影術 霧中雪花(ムチュウセッカ)』 霊を囲むように忽ち濃霧が立ち込める。急激なスピードで視界を奪われ、霊と藤林の姿を見失う。だが紅鉄は冷静で霧に紛れ不足分の銃弾を補充し、安全装置(セーフティ)を外す。 (へぇ……やるじゃないの。ま、効果があるかは……霊次第だけど) 地下で何かが蠢く気配を紅鉄は悟る。左足をざざっと後ろに引き、眉間に力を入れ地面を観察する。 (1、2、3……) スリーカウントを取ると地面に鉛を撃ち込み、その反動も利用し大きく上に向かって跳ぶ。 直後、目視で百を超えるような大量の腕が紅鉄目掛けて伸びる。 ほくそ笑むと、指を鳴らした。大量の腕に紛れて何かが紅く光った。 「(アヤトリ) 曼珠沙華(マンジュシャゲ)」 その言葉を合図に群集の中心から毒々しい程に紅い曼珠沙華が咲き誇った。まるで紅の絨毯のようだった。正体は先程地面に向け撃ち込んだ銃弾だ。一瞬の幻を見せると、花が散るように閃光し銃弾は炸裂した。 爆発により腕等は伸びを止め脱力し、地へ着く前に灰となり消失する。 (力の消費が激しいから、あんまり使いたくなかったんだけど仕方ないわね。 まだ本体を潰さなきゃならないし。 妙に霊が静かだ。これは何かあるわね……) 「茜さん!?」 爆発に反応したのか、藤林の呼び声がトンネル内に木霊した。紅鉄は五感を澄まし、人の気配を探る。同時に藤林が術式を解いたのか徐々に霧は晴れる。徐々に人影が現れる。藤林のものだ。 「おー早苗、無事か?」 「大丈夫ですか?さっきすごい音しましたけど……」 「あぁ……私の術式だから問題なし。 さて、結構時間も掛かってる。ちゃっちゃと本体叩くぞ」 「あの、民間人はいいんですか?報告でも五名は行方不明のはずですが、姿おろか気配も感じません。ここは人命救助を最優先にした方が……」 紅鉄は銃を握り直す。深く息を吐き出す。 「……恐らく、神隠しに合った人間は全員死んでいる。 霊は人型にはなれても人間になれない。今、私達が向き合ってる敵は行方不明の人間の身体よ。死んでいるとは言え、身体を荒らすのは胸糞悪い。 私が霊を身体から引き出す。攻撃を畳み掛けろ」 両手で銃を構えると標的を人型霊に定め、銃口を向ける。 (最初で最後のチャンス。これを逃せば、被憑者(ヒヒョウシャ)の肉体を攻撃するしかなくなる……!それだけは避けたい……) 大量の妖力の消費を代償に紅鉄の術式の命中率を格段に上げる付加術式。 『(アヤトリ) 食虫(ショクチュウ)』 紅鉄は引き金に手を掛ける。 『(アヤトリ) 桃花(トウカ)』 引き金を引いた。銃口から鉛玉が発射された。 それに気付いた、人型霊は首をカクンと右に九十度に曲げ最も簡単に避ける。藤林は失敗したと言わんばかりに顔を顰め、唇を噛んだ。 「ウケケケケ……!オワ……」 掌を地に向かい動かした霊の動きが止まる。額から鉛玉の先端が出現した。 銃弾が頭部を貫通したのだ。女性の身体は支えを失ったように倒れた。 藤林は唖然とする。 「はぁ、後輩は先輩を信じなさいよ。あー疲れた。 新人連れての任務でこんなに妖力消費するとは思わなかったわ」 紅鉄は銃を空中で回転させると、グリップを握りキャッチし、ホルスターへ手際よく仕舞った。 「後はあんた一人でも倒せるわ。ちゃっちゃと済ませるわよ」 勝ち誇った笑みを浮かべた紅鉄に頷くと、苦無を握り倒れ込んだ女性の身体に向き直った。
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