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こんなわたしから、あなたへ
そろそろ体力の限界かな。
この仕事から身を退くことを考えはじめたのは数年前。思うように身体が動かなくなっている自分に気づいたからだ。
素性を明かせないこの仕事。誰にも顔を見せてはならないし、誰かに知られることも許されない。
ふふ。そう聞くと、極秘プロジェクトみたい。でも、この仕事に誇りを持っている。今日も無事に仕事を終え、わたしは本来のわたしに戻る。
人の群れをかき分けゲートを出た。誰もこのわたしに気づかない。
車のシートにドサッと身体をあずける。ドアを閉めると、一瞬にして外界から遮断された気になる。
かすかに聞こえる賑わう声。それに別れを告げるように、アクセルをグッと踏み込んだ。
「違うじゃない! もうちょっと俊敏に動かないと。イメージトレーニングが足りてない証拠だよ?」つい熱が入る。
「すみません!」
彼女は気迫のこもった声で謝ると、同じ動きを何度も繰り返し、首をひねってはまた繰り返す。
なかなか、やるじゃない。
わたしがこの役目を下りようと思った理由のひとつに、祥子の存在がある。
自分を捨てて何者かになろうと志す志願者。つまりは、新人。ここ数年、わたしは彼女の仕事っぷりを厳しく見守ってきた。
悪くない。悪くないけど、決していいわけでもない。評価が辛口すぎる? そんなことない。この世界はそんなに甘いもんじゃないから。でも……。
その夜、わたしは祥子を別室に呼び出した。
「どうしました?」
「今までついてきてくれてありがとう。厳しいトレーニングにも耐えて、よく頑張ったね」
「え?」
「どうぞ」
わたしは彼女に手渡した。このわたしのすべてを。
「わたしからあなたへ、この着ぐるみをバトンタッチ」
「え?」
彼女は急な展開に戸惑っているようだ。
「今日からあなたが主役。あなたが、ラブリーエンジェルよ」
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