こんなわたしから、あなたへ

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 客席側からステージを眺めたのは何年ぶりだろう。自分がステージに立っていると、すごく広く感じるのに、ここからだととても狭く見える。  田舎の寂れたテーマパーク。その片隅に設置されたこのステージ。少子化で子供の数が減ったとはいえ、いつでも客席は賑わっている。ありがたいことだ。  ラブリーエンジェルが待ちきれず叫ぶ子供たち。落ち着かない我が子を叱りつける親たち。いつもはステージ(そで)で耳にしていた声が、いまはすぐ隣に。なんだか新鮮だなぁ。  ショーがはじまると、子供たちは一斉に立ち上がる。悪党がステージを埋めるなか、カラフルな着ぐるみで登場するのは、悪の手から地球の平和を守るラブリーエンジェル。子供たちの応援にも熱がこもる。  祥子の動きを親心で見守っていると、客席の声がふと気になった。 「なんだかいつもと違う気がするなぁ」  それは子供の声だった。  子供は敏感で正直だ。何度もショーを観にきてくれる子供たちは、ラブリーエンジェルの動き、いや、わたしの動きを知り尽くしている。だから、バレてしまうんだ。  祥子への心配が(つの)る。  彼女の動きは練習どおりだ。今のところミスもない。主役としての初舞台だからって、萎縮しているわけでもない。それなのに――。  そして、決定的な瞬間が訪れた。  まだ悪党のアクターと息が合っていないためか、祥子は格闘シーンでパンチを()けきれず、態勢を崩したまま、不格好にもステージから足を踏み外してしまった。  気づけばわたしは笑みをこぼしていた。  子供のようにショーを楽しんでいるわけじゃない。祥子の成長を喜んでいるわけでもない。その逆だ。  彼女のミスを見て、思わず笑みがこぼれてしまったのだ。  ふふ。真のラブリーエンジェルは、このわたし。わたし以外、誰もなり得ない。子供たちに言ってあげたい。君たちの憧れるヒロインはすぐ隣にいるよ、って。  実は祥子を見守る目に、親心なんて微塵(みじん)も宿っていなかった。彼女の失態を見て、勝ち誇った気でいる。わたしはそこまで大人じゃなかったんだ。ずっとずっと地球を守り続けてきたのは、わたしじゃなくて、ラブリーエンジェル。  ごめんなさいね。会場で一番の子供は、どうやらわたしだったみたい。  笑みを浮かべたまま、わたしはステージに背を向け、客席から立ち去った。
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