2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
客席側からステージを眺めたのは何年ぶりだろう。自分がステージに立っていると、すごく広く感じるのに、ここからだととても狭く見える。
田舎の寂れたテーマパーク。その片隅に設置されたこのステージ。少子化で子供の数が減ったとはいえ、いつでも客席は賑わっている。ありがたいことだ。
ラブリーエンジェルが待ちきれず叫ぶ子供たち。落ち着かない我が子を叱りつける親たち。いつもはステージ袖で耳にしていた声が、いまはすぐ隣に。なんだか新鮮だなぁ。
ショーがはじまると、子供たちは一斉に立ち上がる。悪党がステージを埋めるなか、カラフルな着ぐるみで登場するのは、悪の手から地球の平和を守るラブリーエンジェル。子供たちの応援にも熱がこもる。
祥子の動きを親心で見守っていると、客席の声がふと気になった。
「なんだかいつもと違う気がするなぁ」
それは子供の声だった。
子供は敏感で正直だ。何度もショーを観にきてくれる子供たちは、ラブリーエンジェルの動き、いや、わたしの動きを知り尽くしている。だから、バレてしまうんだ。
祥子への心配が募る。
彼女の動きは練習どおりだ。今のところミスもない。主役としての初舞台だからって、萎縮しているわけでもない。それなのに――。
そして、決定的な瞬間が訪れた。
まだ悪党のアクターと息が合っていないためか、祥子は格闘シーンでパンチを避けきれず、態勢を崩したまま、不格好にもステージから足を踏み外してしまった。
気づけばわたしは笑みをこぼしていた。
子供のようにショーを楽しんでいるわけじゃない。祥子の成長を喜んでいるわけでもない。その逆だ。
彼女のミスを見て、思わず笑みがこぼれてしまったのだ。
ふふ。真のラブリーエンジェルは、このわたし。わたし以外、誰もなり得ない。子供たちに言ってあげたい。君たちの憧れるヒロインはすぐ隣にいるよ、って。
実は祥子を見守る目に、親心なんて微塵も宿っていなかった。彼女の失態を見て、勝ち誇った気でいる。わたしはそこまで大人じゃなかったんだ。ずっとずっと地球を守り続けてきたのは、わたしじゃなくて、ラブリーエンジェル。
ごめんなさいね。会場で一番の子供は、どうやらわたしだったみたい。
笑みを浮かべたまま、わたしはステージに背を向け、客席から立ち去った。
最初のコメントを投稿しよう!