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ポロンと最後の一弾きをすると、歌奈は目を閉じた。
音の津波が過ぎ去った後も全身に残る火照るような波紋。体の芯がほかほかする感覚。これが波動調律というものなのか。
「あは、ちょっと涙出てきちゃったよ。こんな未来が来たらいいよね」
「すごい、歌奈ちゃん。これ今録音しておいたからね。ウェイブネットワークで拡散しておこうか?」
「ええ? 私のこんな下手な歌、誰も聴かないよ」
「いや、これはすごいことになると思う。業界の人が聴いたら、絶対放っておかないよ。なあ、詩音くん?」
「あ、はい、そうですね」
そうだった、ここで歌奈の曲はウェイブネットワークに拡散されていく。でもデビューにはまだ時間がある。彼女の体調が回復し、気力を持ち直すまでの長い時間が。
ここで一瞬話題になるが、また体調を崩し入院が長引くことになる。彼女も心の余裕を失くし、そう言った話を受け付けなくなっていた。
それは俺には変えようもない、すべては彼女の意志と体のことだから。俺にできるのは、ただ繰り返す時間を見守り、あるべき未来へ誘うだけ。
「あー、楽しかった。なんかすごい元気になった」
ギターを膝に置いたまま、コーヒーをゆっくりと味わっていた。
「それでさ、この弦どうやって手に入れたの? これってなんかすごいテクノロジーが詰まっているって、聞いたことがある」
「弦そのものが光学素子と量子回路でできているからね、放射線を操ることもできる。弦を弾くことでエネルギーを発生させる。時空汚染を改善するための波動調律にも使われるし、医療にも活用されているよ」
マスターが顔に似合わず、随分と詳しい説明をしてくれた。
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