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俺は時計に目をやった。
「俺さあ、結構忙しいんだよね、こういう仕事しているからさ。今話している俺はあと10分でいなくなっちゃうから、戻った後の俺がどう反応するか、よくわからない。もう一度同じ事、言える?」
「今のセリフはさすがに二度は無理。でも覚えてはくれているんでしょう?」
「ああ、忘れてないよ、今でも。……俺さあ、なんの取り柄もないし、話相手もいなかったから、自分に語りかけるために小説を書いていたんだよね。でもそれを読んで、認めてくれる人がいたことは嬉しかった。ありがとう、歌奈」
「私もかなり創作系に寄っちゃってるからね、他の人からすれば、かなり異端だと思う。かわいいから許されていたけど……冗談。詩音くんの落書き小説を気に入ったのは確かだけど、仲良くなったのはそれだけじゃないよ? 波長が合うっていうのかな、そんな感じ。そういえば、あの小説完成したの?」
「いやまだ途中、行き詰まってる。ごめんもう時間だ、病院に戻ろう」
「冗談半分で聞くけど……また未来から来てくれるのかな?」
「いや、もうないよ。君からの依頼は完了した、未来ではそれどころではなくなっているから、俺のことなんか忘れていると思う」
来た道を戻り、病院の入り口の前に着いたところで……時限まであと五分。
「歌奈、時間ないからここでお別れだ」
「今日はありがとう、また未来で会おうね」
笑いながら手を振る彼女――ふざけているつもりだろうが、もう会うことはないだろう。
土手の階段を駆け上り、急いで元来た場所まで遊歩道を駆け抜ける。走りながらさっきの空き缶を探す。
「あった」時計を確認する、あと一分、間に合った。
空き缶を右手に持つと、ちょうど目の前の情景が歪んできた。意識が遠のいていく……戻っていく、現在へと。
…………
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