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東京郊外にある雑居ビル、ここの二階にオフィスを構えている。地理的には駅から歩いて45分、よほどのことがない限り、わざわざこんなところに訪れたいと思う人間はいないだろう。
しかし相談に来る客は後を絶たない。最近は行列ができると一階のコンビニからクレームが来るので、完全予約制にすることにした。
大概の客は人生相談で終わる、俺の職能を使うほどのことでもない。
午前中の相談をこなしたところで、いったん休憩することにした。
近くのホームセンターで購入したギシギシときしむメッシュチェアを立ち、部屋の窓をガラリと開ける。
スーツの内ポケットからシガレットケースを取り出すと、一本の煙草に火を点けた。
窓から見える風景は雑居ビルの裏側と、路地を挟んで並ぶ居酒屋の立て看板。
ふうと吐く煙草の煙が、ビルのコンクリートに溶け込んでいく。
――コンコン――
ドアを叩く音がした……午後の面会にはまだ時間がある。煙草を吸い終わるまで無視することにした。
――コンコンコン――
しつこい……時間は守ってほしい、こっちだって神経使う仕事をしているんだ。
しかたなく手に持っていた灰皿に煙草を押しつけデスクに置くと、インターホン越しに話しかけた。
「申し訳ないが、午後の面会は一時間後だ。時間になったら、来てくれるかな?」
「どうしてもお願いしたいことがあって……」
女性の声? どこかで聞き覚えのある声だ。ロックを解錠しドアを少し開けると、ストローハットを深々と被りサングラスをかけた女性の姿が目に入った。
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