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女性はサングラスを外すとバッグにそれをしまい込み、再び俺のほうをじっと見つめた。
「歌奈……さん?」彼女はコクリと頷くと部屋の中を少しだけ覗きこみ、一言呟いた。
「入っていいかしら?」あっけに取られた俺だが……彼女がなぜここに?
「わかりました、ちょっと待ってください」
チェーンを外すとゆっくりとドアを開き、彼女を招き入れた。
キョロキョロと辺りを見回していたが、ホワイトボードの横にあるドアが目に入ったようだ。
「ふーん、こっちの部屋には何かあるの?」
「ああ、倉庫のようなものです、普段は使ってないです。そこのソファに座ってください。コーヒーか紅茶、どちらにしますか? あいにく……パックしか置いてないですけど」
「うん、じゃあ、コーヒーにする」
相変わらずの気さくな返事……自分の置かれている立場を理解しているのだろうか?
コーヒーカップにコーヒーバッグを乗せ、ポットの湯をコポコポと注ぐ。
香り立つコーヒーの湯気が、部屋を懐かしい空気で覆った。
「……思い出すわね、コーヒーの香り」
「どうしたんですか、今日はお忍びですか? こんな事している場合ではないでしょう? 今夜は世界的に重要なイベントが……」
彼女は今や著名なウェイブミュージシャン、“悠久の歌姫KANA”という異名を持つ。こんな寂れた場所に来る理由はただひとつ。
「お仕事の依頼に来たの」
「依頼とは私の仕事が何か、ご存じでおっしゃっていますか?」
「過去改変」
「厳密にいうとTime Intervention、時歴介入です」
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