平穏の代償

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 *** 「やはり、間違いないのか」  政府では、高官達が気象予報士達と深刻な話で会議を行っていた。バタバタと慌ただしく職員たちが廊下を走る音が聞こえる中、気象予報士は神妙な顔で頷く。 「間違い、ありません。この町の空にかかる雲は雲ではなく……生物の、足です。あまりにも巨大すぎるのと、色が灰色であるせいで……我々には雲に見えていたのです。高度は、日増しに下がってきています」 「ということは……」  ああ、と。高官の一人が顔を覆った。 「あれが、神様、か」  千年の平穏は、千年前に起きた悲劇を風化させてしまうのに十分だった。当時の教えを知る者が生き残っているはずもなく、記録もほとんど残らなくなってしまったほどに。  ギリギリのギリギリになって、空の知識を持つ者たちとそれを聞くことのできる一部の者だけが気が付いた。  自分たちが聞いていた神様という存在が、想定した以上に巨大であったということを。  自分達の町が存在する、この窪地は――それそのものが、千年前の神様の足跡であったということを。  神様が降臨するということはつまり、その足跡に再び神様が足を下ろすことに他ならない。つまり、その下に存在する町も、人も、全てが――。 「残念ながら住民を避難させる猶予はもはやありません。皆様、どうかご決断を」  今、住民たちに全てを伝えれば大きなパニックが起きる。なんせ、猶予があと数時間か、何日なのかもわからないのだから。そして町から出るには山一つ越えなければいけず――この町の住人達の殆どは、町の外がどうなっているのか全く知らない状況である。山の中には恐ろしい獣がいる。安全な登山道も限られている。これでは、百万人を超える全住民の避難など、とても間に合うはずもない。 ――ああ、神よ。町民達よ。……無力な我々を許してくれ。  やがて彼らは、自分達と家族だけを連れて町から逃げ出すに至るのだ。  何も知らず、ただ押しつぶされる時を待っている、町の人々を残して。
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