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金曜五限目のゼミが終わったあと、大学の屋上から双眼鏡をのぞいていると、二グループの男子学生たちが中庭でにらみ合っているのが見えた。
双方、人数が多く、刃物も多い。
今日のうちに決闘を終え、土日の間に四肢の欠損を直しておくつもりなのだろう。
「どうしてみんな服脱いでるんだろう」
妹が口を開いた。
「死んだ回数だけ背中にタトゥーを入れるんだよ」
わたしが答えると、
「それ、聞いたことある」
あいまいな記憶を探るように言う。
「あんたがわたしに教えてくれたんだから当たり前でしょ」
妹は頭が弱く、物覚えが悪い。
強みがあるとすれば、声が美しいということくらいだろうか。
「それは自信ある」
耳もとをなでる、心地よい声。
わたしの耳たぶがじわっとほてった時に、男子学生たちのぶつかり合いが始まった。
掃除屋の出番だ。
「行こう」
両手にゴム手袋をして妹に言った。
「裏バイトなんてしないでさ、姉ちゃんも決闘にまざって足でも腕でももいでくればいいのに」
「あんたみたいになるのはいやだ」
「好きでこうなったんじゃないもん」
何十回目か知らないやり取りをしながら、わたしたちは工学部棟の階段をおりた。
表の方へ騒ぎが広がっていく。
逃げ出す学生も出始めた。
見張りの学生も乱闘に巻き込まれ、掃除をするのによい頃合となった。
非常口から中庭に出ると、塀の裏に血を流した男子学生がいた。
足を痛めたのか、そこから動けないようだった。
動ける者は争いに忙しく、誰からも相手をされていない。
「指落ちてる」
妹が目ざとく見つけた。
「そんな小さいの、お金にならないって」
「でも、親指と人差し指のセットだよ」
「くすねるのはノルマを達成してからじゃないと」
「お願い。ちゃんと隠すから」
「今の言葉、忘れないでよ」
パトカーのサイレンの音が近づいてきた。
早めに済ませてしまおうと思い、わたしはゴム手袋をもう一度念入りに手首までひっぱりあげると、二本の指を拾った。
「かえせ」
元の所持者である男子学生が手を伸ばしたが、
「鮮度が落ちるでしょ」
妹が一蹴した。
一瞬、どこから声が聞こえてきたのか彼はいぶかしんだようだったが、わたしの頭のうしろにもうひとつ口があるのを見て黙った。
「もらっておくね」
わたしのうなじの、口だけの妹が言った。
わたしは妹の部品を売って生きてきた。
大学の学費のせいで首しかなくなったあとも、妹が残して欲しいと願ったのは、脳ではなくて口だった。
言葉を発信することだけはやめたくないのだという。
口以外の他の部品や感覚器官はわたしと妹で共有しているから、わたしの見聞きしていることは全部妹に伝わる。
考えていることもほとんど伝わってしまう。
本当は声を出して会話をする必要もない。
「それじゃ、あたしが生きてることにならないでしょ」
「仕事中に口きかないでよ」
「口しかないんだもん」
わたしは拾ったばかりの指を妹にくわえさせた。
生きた細胞とつながっていると、部品は元気になる。
「あれも欲しい」
妹が口をもごもごさせながら言った。
首がない死体が転がっていた。
「大きすぎる。せめて首から上にしてよ」
「首だと口がだぶっちゃうよ」
「それは困る」
妹が口だけになったのはわたしのせいだから、わたしは今日のように掃除屋の裏バイトをやりながら、こっそりと妹の部品集めをしている。
天然素材さえあれば、つなぎ合わせるのはそれほど高くない。
「でも、集まってもまた売るんでしょ?」
妹にそう聞かれて、わたしは少し考えた。
「お金に困ったら売る」
思考が読み取られるのだから、うそをついてもしかたないと思い、正直に言った。
「今度困るのはいつ?」
「学費の納入期限かな」
「学費はしかたないね」
近づいていたサイレンの音が止まった。
大学の門まで来たのだろう。
妹の欲しがっている胴から下の部品を回収しようか迷ったが、引きずっていけそうにないからやめた。
代わりに、あたりに散乱していた腕や足を拾い集めて黒いポリ袋に入れる。
「ノルマってどれくらいだっけ?」
「1.5キロ。毎回聞くのに覚えないんだから」
「姉ちゃんの記憶探るのもめんどくさいんだもん」
「脳みそまでわたしに頼って、あんた、本当に生きてるの?」
「姉ちゃんが死んだらあたしも死ぬよ」
「当たり前じゃない」
校舎の裏手へと回り、非常口から入って扉を閉める。
袋越しに肉片のぬくとさを感じて、これはさすがに生きてるうちに入らないだろうなと思った。
ひょっとすると、妹はとっくに死んでいて、わたしは形見のように彼女の口を持ち歩き、ひとりでしゃべっているだけなのかもしれない。
「また、あたしを殺そうとする」
「してないよ」
五階まで階段をのぼり、実験用のアイスケースから氷を取り出し、ポリ袋に詰めた。
ウイッグで妹を隠して、裏バイトの納品場所へと向かう。
「卒業して働けるようになったら、ちゃんと全身再生してやるから」
「楽だからこのままでもいい」
「指、飲み込むなよ」
「ほっぺの内側にあるから大丈夫」
艶のある声。
来週のプレゼンテーションのときは、首のうしろにピンマイクをつけて、妹にしゃべってもらおうと思う。
頼まれごとのひとつでもできれば、妹も生きていることになるだろう。
「そういうのは自分でしなさい」
妹の声が追いかけてきた。
声帯はつながっているはずなのに、声だけは妹の方がいい。
その声をいつまでも耳もとで聞いていたい気持ちを脳みそ越しに感じ取られながら、わたしはポリ袋を片手に、今日のバイト代を受け取りに行く。
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