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「そうですか。これの価値がわかってもらえますか」
男は満面の笑みを浮かべた。
「それならばあなたに差し上げましょう」
「いえ。待ってください。そんな貴重なものをいただくなんて。あなたのものがなくなってしまう」
若い男が躊躇する。
男は首をふって答えた。
「ご心配いりません。見ていてください」
「おお。何ということだ。これほどにすごいものなのに、このように全く同じものが」
「そうです。これは減ることがない」
男は肩を落として言った。
「それなのに。誰もわかってくれない。これまで幾人もの人にこれの価値の高さを説いてきたのだが、さっぱりです。みんな怖がってしまって。石を投げつけてくる始末です」
「お怪我をしてますね。よく効く薬草があります」
若い男は礼として薬草と採ったばかりの樹の実を男に渡した。
若い男はそれを手にして家路を急いだ。
あたりはまだ暗い。獣たちが活動を開始する前に帰らなければ。
獣たちが休んでいるこの暗い時間だけが、彼らの行動できる時間だった。
が、今日はあの男からもらったそれが若い男の行き先を明るく照らしていた。
それは「火」だった。
「おとうさん。おかあさん。見てください。すごいものを手に入れましたよ」
若い男は誇らしげに「火」を掲げて見せた。
暗闇を照らすぼんやりとした景色の中で、彼のおとうさんが血相を変えて走ってくるのがわかった。
若い男は突き飛ばされ、「火」は取り上げられ、消された。
「何をしている。そんなものがあったら獣に居場所を教えるようなものだぞ」
「ああ、おとうさん。どこへやってしまったのです。すごく役立つものだったのに」
「馬鹿なことを言ってないで早く穴へ入れ。獣たちがやって来る」
「おとうさん。あれがあれば獣に怯えて暮らすことももうなかったというのに」
「触れた時に痛みを感じた。あれは危険なものだ」
「おとうさん。あれがあれば・・・」
「お前は森の精霊に騙されたのだ。そんなものはどこにもない」
若い男が見ると真っ暗闇で、あの男からもらったものはなくなっていた。
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