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「あ、あの、僕は確かに芹沢さんのこと先輩として好きですが、別に恋愛感情で好きなわけじゃないから本当に気にしないでください」
「そんな気遣いはいい。俺が樫原の気持ちに気付かない振りをしなければ、樫原も自棄になって藤堂なんかと付き合うこともなかっただろうに……っ。すまない、俺のせいだ」
芹沢さんが再び深く頭を下げる。
勘違いというものは強固なものらしい。
事実なんてものは勘違いを前にすれば容易く折れ曲がるようだ。
「取り返しのつかないことになっていることは分かっている。でも、俺は樫原を救いたい。だから、今更だけど、俺と付き合おう、樫原」
僕は目を見開いた。
顔を上げ、真っ直ぐとこっちを見据える芹沢さんの目は真剣そのものだった。
まるで結婚を申し込むくらいの真面目で誠実な言い方だ。
「え、いや、本当に僕のことは気にしないでください。というか、芹沢さんには彼女がいるじゃないですか」
「彼女とは昨日別れた」
「え!?」
衝撃の事実に思わず声を上げた。
「いや、それはあまりに彼女さんが可哀想でしょう……」
「分かっている。彼女にはひどいことをしたと思っている。でも彼女ならきっと他にいくらでも素敵な人が現れる。でも樫原は藤堂に引っ掛かるくらいだから……。俺もいい人間とは言い難いが、藤堂よりはマシな自信がある。惚れさせてしまった以上、責任を取りたい」
なんて誠実な勘違いだろう。
思わず感心してしまう。
しかし勘違いには変わりない。
どうこの勘違いを正すべきか考えあぐねていると、芹沢さんが眉根を寄せた。
「樫原、迷っているのか? 確かに藤堂のような奴でも付き合っていれば情が湧くのは分かる。だが、いつまでもズルズルと関係を持つのはよくないことだと思う。それに藤堂には……本命の彼女がいるようだし」
気遣わしげに芹沢さんが言った言葉に、ハッとした。
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