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思わずお手を煩わせてどうもすみませんと謝ってしまいそうだったが、待てよ、待てと口を塞ぐ。
僕はこの藤堂という男に、そんなにと言われるほどの好意を抱いたことも示したこともないし、当然付き合いたいとも思ったこともない。
なのに彼の口調は、まるで僕が交際を望んでおり、それを承諾してやろうという不遜さに満ち満ちていた。
僕から返ってくる言葉は、当然、感謝感激のものに違いないと信じきっている。
怖いくらいの自信だ。
こうした間違えた自信は俗に勘違いと呼ばれるものだけど、いくら勘違いとはいえこれだけの自信となると、真実すらねじ曲げてしまいそうな迫力がある。
現に、あまりの彼の自信に一瞬僕は彼のことが好きだったんじゃないかとさえ錯覚してしまいそうだった。
しかし頭の中によぎった彼女の美紀の顔が、僕を正気に戻してくれた。
「えっと、いや、そんな無理して付き合わなくても……」
僕は怖ず怖ずと答えた。
彼のプライドを傷つけないよう細心の注意を払って慎重に。
圧倒的自信とは時に事実や正当ささえ怯ませてしまう。
強い自信に守られこじれた勘違いを正すことは容易でないだろうし、その手だてを僕は知らない。
そんな僕の言葉に藤堂は鼻で笑った。
「別に遠慮しなくていい。男と付き合ったことないから試してみたいだけだし。あ、ちなみに付き合うと言っても、俺、彼女いるから、本命にはできないけどそれでもいいよな?」
女の子なら誰でもとろけてしまいそうな綺麗な笑みでもって、不誠実極まりないことをのたまうものだから、あまりの目と耳の情報の差異に頭がまたまたフリーズ。
その不遜な不誠実さに、同じ男として憤るべきか羨むべきか、はたまた女の立場に立って嘆くべきか恨むべきか、判断しかねる。
とりあえず、男女の差はさておきこの場合呆れ返るのが妥当であろうから、僕はぽかんと口を開けた。
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