くまさんの結婚

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くまさんの結婚

 アルムの所の若いメイド、ヘレナはベルントの幼馴染。彼女の亡くなった父が猟犬使いで、母もとうになく、頼れる身内の無い彼女を父の親友であったベルントの父が養女として引き取った。  ベルントには鼻垂れ小僧だった頃から頼れるお姉さんだった。自立心に溢れるヘレナは成人すると同時にアルムの家に仕えて自立。ベルントとはたまのやり取りのみとなった。  ホリーの首都行きの一件でロルフの所にヘレナが出入りするようになると、「アルムのところから跡取りを産む為の妾が斡旋された」との噂が流れる事に。  ヘレナは肝心のホリーが全く気にしていなかったので、噂を噂のまま放っておいたが、心配したベルントが行き帰りの警護を申し出る。 「何しに来たの?」 「そりゃ……変な噂が流れてるからさ……」 「そう」 「あんなの、ただの、噂だよな?」 「……私の立場がどちらでも、ただの噂って答えるに決まってるでしょ。鼻垂れ小僧から進歩がないわね。下手くそな質問だわ」 「俺は、噂なんて信じてねぇよ! でも、その……」 「本当だったら、どうする気?」 「そりゃ……狼王の跡取りを産むなら、そりゃ、名誉、だし」  ヘレナは思い切りベルントの足の脛を蹴り上げた。 「いたぁああ!」 「……ばか」  警護を必要とせず、ヘレナはズカズカ歩いて行ってしまう。ベルントの軽率な発言を止めもせず見守っていた相棒のマルベリーは座り込んだベルントを見下ろす。 『馬鹿ね。貴方ときたら、本当に、馬鹿なんだから』 「お、お前も何かアドバイスとかよぉ! 俺ぁ、こういうの苦手なんだよ、ハッキリ聞かなきゃ分かんねぇし、頭も良くねぇし……」 『賢いかどうかでは無いわ。女が求めてるのはそういう事じゃないの。まあ、殿方には一生分からないかしらね』 「どうすりゃ良いんだよぉ〜」  わしゃわしゃ髪をかき乱すベルントを冷たく見下ろしたマルベリーは冴え冴えとした言葉の刃を放つ。 『一度、死んでみたら?』 「死んだらお終いだろうがよぉ!」  ベルントは本当に鼻垂れ小僧に戻ってしまったみたいに半泣きだ。これは、腰をすえて説教せねばなるまいと、マルベリーは深く息を吸い込んだ。 『じゃあ、死んだ気になって、本音を聞きなさい。貴方はどうしたいの。彼女にばかり答えを求めるなんて、卑怯じゃないかしら。要は、意気地が無いだけでしょう? なんて格好悪いの。私、貴方みたいな男の相棒なんてごめんよ。そんな事やめて、ジェイドの妻に専念しようかしら』 「それはダメだ! お前は俺の相棒だ、お前しかいないんだ!」 『ありがとう。知ってるから、そんなに大声で言わなくても良いわ』  ふさふさの尻尾を美しく振りながら、 『さ、行きましょう』 「え?」 『それを貴方の口から聞きたい人がもう一人いるの。さすがに分かるでしょ』 「お、おう……」 『本当に……貴方は手がかかるわね。放って置けないわ』 「じゃあ、お前は妻に専念したりしないよな?」  どっちが猟犬か分からない程、忠実な犬のように真っ直ぐな目で相棒を見るベルントに、マルベリーは息子にするように頬ずりしてやった。 『私はジェイドの妻、息子の母、それに貴方の相棒。どれも手を抜くつもりは無いわ』 「欲張りだよなぁ〜」 『当たり前よ。良い女は、みんなわがままなものよ』 「へへ! やっぱりお前はずっと良い女だな!」  思い切り冷たい空気を吸い込んだベルントは、「ヘレナの次だけどな!」と大きな声で言い切った。 『貴方も良い男よ。ジェイドの次だけど、ね』  生まれも育ちも猟犬使いの家。腕白で聞かん坊なベルントを追いかけて拳骨を振るうのはヘレナの得意技だった。  そんな彼女が本気になれば、もうその背中など見えないだろう。だが、ベルントとマルベリーは直ぐに彼女を見つけた。匂いを追うまでも無い。  いつでも毅然としていて、ピンと姿勢の良いヘレナが少しだけ背中を丸めて肩を落とし、トボトボ歩いていた。 「ヘレナ!」 「こ、来ないでよ!」  震える声で、ヘレナは振り返りもせずに全速力で走り出す。もちろん、鍛え方が違うのでちょっと足が速い程度で追いつけなくなる事など無い。  見る間に追いついて腕を捕えると、地面にぱたぱた、と水滴が飛んだ。 「ヘレナ……」 「見ないでよ! あんたなんか、あんたなんか、大嫌いよ! 意気地なし!」 「悪かった! 俺は確かに卑怯な意気地なしだ! ポンコツ馬鹿で、体力しか取り柄が無い!」 「……そ、そこまで言ってないわよ、離してよ……」  ヘレナの肩を掴んで正面で向き合うようにグルンと回す。勢い良すぎてグルグル回ってしまった。 「すまん! やり過ぎた!」  慌てて止めるが、きっちりとまとめた髪が乱れてしまった。 「大好きだ、ヘレナ! お前だけだ、俺の女房になってくれ! 狼王の妾なんざくそ食らえだ!」 「ま、待って目が回って……」 「大丈夫かー! ヘレナ、先生の所へ……」 「もう! うるさいわよ!」 「す、すまん……」  大きな背中をションボリ丸めて頭をかいているベルントに、「もう、もう、バカなんだから、もう、ホントにバカ……」と早口で呟いたヘレナは、そのままベルントに向かって倒れこんだ。 「ど、どうした、ヘレナー! 死ぬな!」 「死ぬか! 疲れちゃったの。もう家に帰るだけだし、運んで」 「お、おう……」 「今度は、優しくしてよ?」 「わ、悪かった……」  ヘレナを軽々抱き上げたベルントは、そわそわ、返事を待っている。ヘレナは足元を付いてくるマルベリーに目配せした。 (あんまり焦らしちゃ、かわいそうかしら?)  マルベリーは優雅に首を横に振った。 (良いわよ。少し焦った方が、良い薬だわ。のんびり返事をしたら?)  女同士で今後の方針が合致した為、ヘレナはベルントの期待に満ちた眼差しを感じながら目を閉じた。
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