眠る箱

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 ずっと、うとうと、眠っていたな。ここは静かで、ほとんど誰も来なくて、来たとしても僕になんか気が付かない。心地いいな。  ずっと前に、何か、心にひっかかることがあった気がするけれど、もう覚えてないな。誰か……男の人……年をとったおじいさんのような……人に、……ここにいろ、って言われたんだっけ。  ぼんやりとしか思い出せないけど、どうでもいいな。  ここは静かで、僕はとても穏やかな気分で、ここにいる。冬の雪雲の間から太陽がのぞいたときのような、ほんのり暖かい気持ちでここにいる。  誰か、来たな。 「うーわ、くっさ」 「ひいおじいちゃんが死んでから、あんまり掃除してないから」 「あんまり、じゃないでしょ、この雰囲気。全然、でしょ」 「まあね」  この二人、一度だけ見たな。 「とうとうこの蔵ともお別れかあ」 「ほとんどひいおじいちゃんの収集物」 「金目のもの」 「あるかもね」  そういって二人は笑った。 「まずは、ガラクタ全部出しちゃおうよ」 「なんか…掛け軸とか骨とう品の壺とか…なさそうだなあ」 「ひいおじいちゃんって、何をこんなに集めてたの?」 「知らん」  ひいおじいちゃんって、あのおじいさんのことかな。僕に、ここにいていいよ、って言ってくれた人。 「うわ。なんか気持ち悪い絵が出てきた」 「うわ。こんな趣味かよ」 「業者とかに頼んだら、いいじゃん」 「そのほうがいいかなあ。でもこんなのに金かけたくない。この蔵取り壊すだけでも結構取られるんだ」 「へえ」 「この……お札みたいな、紙の束。こわ」 「なんかそういう仕事でもしてたのかなあ。俺が生まれたときは、もうじいちゃん死んでたからよくわからん」  二人が僕の方へ近づいてくる。 「お、なんかきれいな箱があるぞ」 「どれ?……ほんとだ」  男の方が僕を持ち上げる。 「何か、入ってそうじゃん。お父さん、開けられる?」  女の方が僕を覗き込む。 「どうかなあ」  男が僕を振る。「何にも音がしない。何も入ってないよ」  そう、この箱には僕しか入ってない。 「それにしちゃあ、重いな」 「ぎっしり、入ってるのかもよ。この箱だけ、この蔵で異彩放ってるもん。きれいだもん。何だろ。青い……石で覆われてんの?」 「石かなあ。木、じゃないなあ」  そろそろ僕を降ろしてよ。 「開けてみようよ」  開けてほしくないな。あのおじいさんに、ここにいろって言われたから。 「鍵とか、ついてないみたいだな」 「じゃあ、いけんじゃない」 「どれ」  男が無理やり僕の口を開けようとする。やめてほしいな。 「どうやって開けるんだ、これ。開かないぞ」 「ドライバーとか、ペンチとか持ってこようか」 「うん」  女の足音が遠ざかる。なんでだろ。ここから出たくないから、やめてほしいな。 「がらくたばっかりだな……。やっぱ業者だな。金かけたくないな……」  男が独り言を言っている。あのおじいさんの声に似ているな。おじいさんは、何て言ったんだっけ。  ……お前はここにいろ。  足音が近づいてきた。 「持ってきた」 「よし」  僕の口に、何かとんがったものがねじ込まれる。やめて。やめてよ。  おじいさんの声がするよ。  ……お前はここにいろ。 「どう?」 「うーん」  おじいさん、助けてよ。  ……お前は、ここにいて、ずっと夢を見るんだ。穏やかに過ごす夢を。 「もうちょい、だな。固い」  ……私の力では、この箱に閉じ込めるので、限界……。  そうだ、思い出してきたぞ。 「なんか、箱の色、変わってない?赤っぽく……」 「そうか?」  あのじじい。  「やっぱ、色変わってきてる」 「俺の手汗で、塗料が落ちたかな」  おれを閉じ込めやがった。 「何か、どんどん真っ赤になってきたよ……ほんとに、手汗?」  ずっとこんなところに閉じ込めやがって。じじい。あのくそじじいはどこだ。  ……お前をここに封じ……。 「お、手ごたえが軽くなった」  まずは、腹ごしらえだ。目の前にふたっつもいる。 「開いたあ」  開けたな。
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