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41. 返却を要請する
これで帰れるぞ、という剛の能天気な考えは一瞬で消え失せる。
見つけたのはいいとして、持って帰るにはどうすればいい?
台座はガラスケースで覆われており、当然ながら中の物を手に取ることはできない。剛が殴って割れるかどうか怪しいし、許されるとも思えない。
だとするとやはりセキズネシーに言われた通り、係員に事情を話して返してもらうしかない。
先ほどから一切誰にも会ってないのを不安に思いつつも、剛は辺りを見回す。
細長く伸びる展示室はどこまでも金色で、人影はやはり見当たらない。
念のために展示室を奥までまっすぐ歩いてみる。
入ってきたときと同じような通路を何度か横切ったが、誰の姿も見かけることはなかった。
部屋の一番奥までたどりついてしまった剛は、これなら無断で持ち出した方が早いと思い始める。
壁の間の通路を通って二階の吹き抜けに戻ったそのとき、足音が聞こえた。
「あ……」
思わず声を上げる剛の前を、白い貫頭衣を着た数人の人が通り過ぎて行く。どこかの部屋から出て来たらしい彼らは、急いだ様子の大股でホールに向かって歩いて行く。
このチャンスを逃すまいとする剛は、最後尾の人物に「すみません」と声をかけた。
壮年の女性らしいその人は、足を止めずに剛を見やる。
「何だ」
「ちょっと、お聞きしたいんですけど――」
「あちらの部屋の者に話せ」
有無を言わせぬ調子で背後を指差され、剛はそちらを振り向くが金色の壁しか見えない。
どの部屋ですかと訊き返そうと前に向き直ったものの、貫頭衣たちはもうずいぶん遠くまで歩いて行ってしまっていた。
取り込み中らしい。無理に追いすがるよりは指示に従った方が賢明だろう。
剛は大人しくきびすを返し、背後に向かって歩を進める。そこには壁しかないと思われたが、よく見ればドアが付いている。
開けていいかどうか分からないドアの前に立ち、顔を近づけてまじまじと眺めてみる。
と、金色のドアの表面に『事務室』と刻まれているのが読み取れた。
剛はためらいつつもドアをノックしてみる。
数秒の間があって、ドアが内側から開かれた。
「何の用だ」
貫頭衣はそろって言葉遣いがきついのか、と剛はどこか気弱になる。
だが今ドアを開けてくれた事務員らしき青年は、守衛やさっき話しかけた人物よりずっと若い。剛と同年代くらいだと思えば、比較的話がしやすかった。
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