1. 路頭に迷う

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1. 路頭に迷う

 スマホの画面の真ん中に『オフライン』の文字が表示された。  城谷(しろや)(ごう)はピタリと足を止める。  ナビアプリからは、さっきまで表示されていた目的地を示す赤い丸も、現在地を示す青い矢印も消えてしまっている。画面の右上にもやはり『圏外』の文字。  顔を上げ、自分が森の中にいることに気が付いた。正確に森なのかどうかはともかく、少なくとも町の中じゃない。立ち並ぶ木々とその向こうに広がる暗闇しか見えてこない上に、足元は硬い土。  スマホ片手に、絵に描いたようなながら歩きをしていた間抜けな剛は、迷子になってしまったと自覚する。  ――姉貴のせいだ。  剛は午後の三時にパン屋でのバイトを上がって、天気が良かったから電車に乗らず徒歩で帰途についていた。  その途中、自宅にいる姉からの電話に出てしまったのが事の発端だった。 『スマホ落としちゃったんだよね。電話かけてみても誰も出ないから、アプリで探してくんない?』  姉の物言いは相変わらず軽々しい。 「なんで俺が」 『いいから端末管理とかなんとかのアプリ開いて。アタシの端末登録してあるから』  訳がわからないまでも、剛は大人しくメニュー画面から『端末管理アプリ』とやらを探す。  剛が今使っているスマホは、もともと姉のものだった。  新しいもの好きの姉はスマホを買い替えたと思ったら、他のメーカーの新製品がどうしても欲しくなったと思ってすぐにそっちに乗り換えた。それで、ほとんど使っていないからといって剛に譲ってくれたのだった。  剛は別に電子機器へのこだわりなんか持っていない。だから安く済んでラッキーと能天気に喜んでしまったが、裏を返せば姉からの唐突な要求に強く逆らえなくなったわけだ。  端末管理アプリを立ち上げて、登録されているらしい端末名をタップする。するとアプリの地図上にそれらしいマークが表示された。 『(ひら)いた? まだ?』  急かす姉の声に、剛は「はいはい」と返事をする。 「(ひら)いた。地図にマーク出てる」 『あー、よかった。どこ?』  剛は唇を曲げる。  地図には地名が表示されておらず、マークが表示されている場所がどこなのかよく分からない。道や建物といった地形がおおまかに表示されているのと、自分の現在地を示すらしい青い矢印の位置関係からして、そう遠くないところにあるのはかろうじて分かる。 「近くにあるみたいだけど、どこか分かんね」 『近くって? ひょっとして自宅(うち)にある?』 「いや、方向的には違うっぽい」  場所を特定しようとあちこちをタップしたりスライドしたりしていると、『案内開始』というボタンを見つけた。それをタップしてみると、自分の現在地とスマホの位置が赤い線で結ばれる。 「なんかナビが出た」 『ナビ?』 「スマホがある場所までの案内」 『そんな機能あるんだ。――じゃあいいじゃん、取ってきてよ。近くなんでしょ?』 「えー……」 『何。見つかんなかったらそのスマホ返してもらうけど、いいわけ?』  それを言われては仕方ない。  剛は露骨に面倒くさそうなため息をつきながらも、承諾して電話を切るしかなかった。  あげく、電波の届かぬ山里で迷子になったのが今である。  剛の住む町は比較的自然が豊かで、駅のある地区はそれなりににぎわう一方、大通りを外れれば猪でも現れそうな山道にぶつかる。まさか姉は山の中に踏み入ってスマホを落としてきたのだろうか。  引き受けた仕事は思った以上に厄介だったらしい。  ちらりと背後を見やり、後戻りすべきかと考えつつ、スマホのネットワーク設定を開いてみる。  そこに、カギのかかっていないWi-Fiスポットが一つあった。  電波強度は弱く、名前は『IKZC』というよく分からない文字列。だが試しにタップしてみると、問題なくつながったようだった。  地図アプリに戻ると、目的地と現在地のアイコン、そして目的への道筋が元通り表示されている。  ラッキーだ。剛は頬を緩めながら再び足を進めた。  進めば進むほど、Wi-Fi強度も増していくようだった。  きっとこの近くに建物があるのだろう。そこに着けば今いる場所がどこかも分かるかも。  剛は期待を胸に歩き続けた。
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