いつかの君へ

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 あの頃の僕に、ねぎらいの言葉をかけてやりたい。  そう思って、サービスを依頼した。そのサービスはタイムレター。現在に大きな影響を与えない範囲で、過去に手紙を送るサービスだ。ただの自己満足だとわかっている。  あの頃の僕は未来の自分からの手紙なんて受け取っていない。ということはきっと、過去に手紙が届くというのは嘘であるか、実際に届いたとしても目に留まらないほどの小さな奇跡だったに違いない。それでも……。  水なしでも育つという触れ込みのプラネットリリーの植木鉢に、コップで水を注いでやる。必要ないとわかっていながらも、なんとなく。  ルーティンワークをこなすと、今日のスケジュールを確認する。打合せまでは二時間ほどある。情報端末をつけてニュースを流し見ていると、ふいにアラームが鳴った。セットした覚えはない。窓際、植木鉢の隣に置かれた旧式の時計のアラームだった。  面倒に思いながらも止めると、珍しいものが目に入った。水が小さな球となって宙に浮いているのだ。宇宙ステーション内は疑似重力が働いており、ものが浮くことなどないのだが、ごくまれに、限られた範囲で無重力に近い状態が生まれることがあるらしい。たかが噂話だと思っていたが、実際に目の当たりにすると信じないわけにもいかない。確か噂では、時空の乱れが原因だという話だったが……。さすがに眉唾物かと笑ってしまう。  窓の外を見やるといつもの宙がある。宇宙ステーションの外壁と、周囲を照らすサーチライト、遠くに小さな光の粒が見えるばかりだ。その中にわずかに文字が浮かんだように見えた。 『運命の歯車は回る』  気のせいだったかもしれない。網膜ディスプレイの誤作動か、あるいはディスプレイの使い過ぎで幻視したか。どちらにせよ、僕に向けられたメッセージではないなら気にする必要はないだろう。  コンコンコン……。  部屋のドアをノックする音がした。  部屋を訪ねてくる人に心当たりはない。ドアガードのかかったまま少しだけ開ける。 「どちら様ですか?」  この出会いがすべての始まりになるなんて想像もしないで……。
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