スパムな彼女に恋してた。

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     *** 「面白かったね」 「そうね」  瀬菜は、どこか素っ気ない返事をして、残り少ないオレンジジュースを飲み干した。ストローから、ずぞぞ……と音が出る。映画を見終わった客たちが口々に感想を言い合っているなかで、その音だけがクリアに聞こえた。 「私ね、ちょっと主人公に共感したのかもしれない」  映画の主人公は、詐欺師だった。人の良心につけこんで多額の金銭を騙し取るような極悪人だ。なのに、嫌悪感をそこまで抱かずに見れた。瀬菜も同じように感じたのだろうか。 「ずっと誰かを騙して生きている。生き残るためなら何でもやっていい。けれど、罪悪感が完全にないわけではない。罪に対する後ろめたさは、言わば本能に組み込まれているようなもので、やがて重圧に耐えきれなくなって、誰かを愛し始める。薄汚い自分を隠して」  つらつらと語る声にどこか哀愁を感じてしまって、少し戸惑った。なんというか、今まで感じたことがない影が、瀬菜にとり憑いているような気がして。 「どうかしたの?」 「ちょっとセンチメンタルな気分になっただけ。ねえ、ちょっと聞いていいかな?」 「なに?」 「あの主人公の決断って正しかったのかな?」  虚ろな目でうわ言を呟くように瀬菜は僕に問いかけてきた。難しい問題だった。詐欺師であることがバレないうちに、主人公は恋人の前から姿を消した。 「すぐ答えは出せないかな。でも、好きな人が自分を思いやっての決断なら、そうするしかなかったのかな、って。一生、騙していて欲しいなんて言えないかな、僕は」 「ーー、そう」    僕の回答に納得しているとも、納得していないとも取れるような、曖昧な返事だった。  それから憑き物が落ちたように、瀬菜は無邪気に笑うようになった。けれど帰り道で別れて、独りきりで家に着いても、あのとき見えた影が脳裏に焼き付いてしまっていた。    デートから三日が経って、僕は味気のない日々を忙殺されながら過ごしていた。真っ黒に塗りつぶされた中にぽつぽつと消えそうな灯りが揺れている。そんな景色が電車の窓の向こうを流れていく。そろそろ瀬菜から「今週末は何する?」なんて連絡があって僕を癒してくれるはず。思い立ってスマートフォンに入った通知を念入りにチェックするが、瀬菜からの連絡はない。  おかしい、とも思ったが、とりあえずこちらから「今週末どうするの?」とメッセージを送っておいた。  が、そのメッセージが読まれないままに週末が過ぎて、ついに一ヶ月が過ぎてしまった。
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