最後のメッセージ

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 貴重なデータではあるが、専門でないため意味づけまではできない。解析ソフトに突っ込み、自動でファイリング、各サーバーへ転送されていくのを見守る。  データパッケージの最後が、AIとして意味のある通信だ。 『今回の定時報告では、故障もなくホッとしています。ここまで全体に予想された不具合率を大きく下回っているのは本当に僥倖です。それにしても、肉眼で見る冥王星は本当に神秘的で美しい。おっと、肉眼と言いつつ私の目は機械ですね。できればスタッフの皆さんにも直接見て欲しいくらいです。ただ、この美しい星も次の報告で見納めになるかと思うと、少し寂しいですね。それでは次の報告で。アレックスより』  軽い冗談を交えた返信。でもこのジョークは見覚えがある。文章全体を軽くする役割として学習したものに違いない。  ロバートの言う通りかもしれない。感情があるようでない、それがAIだ。しっかりやってこい、そう言って送り出せば充分なのかもしれない。  メッセージを打つ。このメッセージはすぐに送信されるわけではなく、後で観測のための制御データと共にパッケージ化されて送られるものだ。 『アレックス、今回も貴重なデータをありがとう。次で最後だと思うと私も寂しいわ。次回の報告も楽しみにしています』  ハンナ、と署名を入れようとして、私は手を止める。それからゆっくりとキーを打つ。 『アレックス、最後にどんな言葉が欲しい?』  そんなことを聞くべきだろうか。人間相手なら、酷い話だ。だがAIに対して投げるこの質問は、この条件下でAIが何を考えているのか、その答えを得る貴重なデータになる。  AI技術者としてこの質問を投げるべきだった。この質問の答えはこれだけで論文が書けるかもしれない。この成果をフィードバックし、また一つ、AIが進歩するかもしれない。  でもこの質問を受けたアレックスはどう思うだろうか。おそらく冷静に、何かしらの回答をよこすだろう。だがそれは——。  私は文章を消し、ハンナ、と署名をつけた。 「それで? 聞かなかったってわけか」 「ごめんなさい」 「謝ることじゃない——いや、謝ることかもしれないな」  次の休憩で、向かい合わせに座ったロバートは渋い顔をした。 「ミッションに入れておけば良かった。その質問の答えは俺も興味がある。ずうっとパートナーとしてやって来た人間と今生の別れとなる時、AIはどんな言葉を欲するのか……残念だよ、聞けなかったのは」  私はまだ輪を描いて回るコーヒーのミルクを眺めている。私の思考もこのミルクのようにぐるぐると回る一方だ。 「反則だと思うの。これはAIの問題というより私たちの問題よ。相手が掛けて欲しい言葉より、私たちが掛けてあげたい言葉を選ばなくちゃいけない」 「それは——」  ロバートは言葉に詰まる。何かを言いたそうに口を開き、そのまま口をへの字に曲げる。 「そうかもしれない。でも、それはあくまで人間相手の場合だ。学習システムの——」  言いかけたところで、私とロバートのセンター用スマホが同時にポロロン、と鳴った。顔を見合わせ、どちらもスマホを取り出す。  探査船に事故発生。  二人して同時に立ち上がった。
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