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冥王星の重力に捕らえられた小さなチリが本体を掠め、発電モジュールと物理的なメモリ領域の一部を破壊していた。
アレックスはすでに対処を進めていた。発電量の低下はどうしようもないが、ショートなどの問題が発生しそうな回路を全て切断している。またメモリと共に失われた情報も復元できないが、これも予備領域の一部を開放するのと、アクセス頻度の低いデータを圧縮してアクティブなメモリを元の九〇パーセントまで戻していた。
「こういうのは自律AIのメリットだな」
管制室のモニターで、一緒に修理ログを眺めながらロバートが呟く。
「ほとんど完璧じゃないか……うん?」
画面を指差しながら文字列を追いかけるロバートの手が止まった。
「こちらに判断を依頼してるな。感情モジュール? データ領域を確保のため……」
「何を言ってるの?」
私は心底驚く。観測データを保存するための領域が減ることを防ぐため、AIの常駐領域、その中でも感情制御領域を削って良いかどうかを聞いてきていた。自殺みたいなものではないか。
「何でそんな」
「優先度が低いからな」
ロバートはこともなげに言う。
「観測優先だから、その機能を削るわけにはいかない。標準知能や制御系もダメだ。正直一番いらないからな、感情モジュールは」
「だからと言って」
「肯定のメッセージを送る」と、ロバートはキーを打ち始めた。
「観測データを優先する」
「やめて」
私はロバートの手首を握って止める。
「今までの学習データがパーよ」
「それは感情に関してだけだ」
ロバートは反論する。
「修理や制御に関しての学習は別領域で、最後の観測にも、今後の外宇宙ミッションにも影響はない。いいか、アレックスの目的は何だ」
「——冥王星の観測と外宇宙探査、よ」
「ハンナ、君はアレックスに仕事を放棄しろと伝えるのか。彼に仕事を全うさせてやるんだ」
「————」
「我々のミッションはほとんど終了した」
ロバートは私の手を振り払い、キーを打つ。
「AIミッションの内容は164項目のうち、162項目を終了した。充分だろう。観測ミッションはまだ7項目残っているし、外宇宙ミッションに至ってはこれからだ。優先すべきはどちらか分かるだろう」
私は何か言おうと口をパクパクさせ、閉じた。言えることは何もなかった。
「送るぞ」
感情モジュールを失えば、アレックスは有能なただの機械だ。私はそれが嫌で感情モジュールを組み込むことを押し通したのに。
私は弱々しく頷いた。送信キーが押された。
『第三十三次レポート。最終レポートです』
いつも通り冥王星の写真を始め、各種データがずらりと並ぶ。解析ソフトに投げ込んで、自動処理されていく様を眺める。
データとデータの間に挟まれるメッセージの端端から、感情が失われていることを感じる。本当にただのビジネスライクな文章になっていた。
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