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◇◇
「あー、いって……」
去っていく背を見送った後、彼____宇野大和は未だズキズキと痛みを主張する額を右手で押えずるずると芝生に座り込む。ごつごつとした木に体重を預けながら、目を閉じた。
「思いっきりやりやがったなアイツ……」
脳裏に浮かぶのは、水鉄砲を構えて嘲笑う椎名の姿。人畜無害そうな困った笑みを浮かべていた最初の彼はどこに消えたのか、こちらを見下す表情を見せた椎名の変わり様を思い返す。自然にくつくつと喉の奥から低い笑い声が溢れてきた。
ばーか、と最後に子供のような言葉を吐き捨てて去っていった椎名。あんな態度をとってきたのは、あの男が初めてだった。
宇野と言えば、この学園に入学できる家柄ならば知らない人は居ない程名の通った極道の家である。表社会裏社会の両方でかなりの権力を持っており、宇野には下手に手を出すなと密やかに囁かれている程だ。
宇野は緩慢な動作で立ち上がり、ゆらゆらとした足取りで歩き出す。歯向かってくる奴らは今まで全部潰してきたのに、何故か苛立ちは湧いてこなかった。代わりに今この胸に満ちているのは異様な高揚感。
もう一度、あの綺麗な顔を歪ませたい。熱く燃えるような、だけどその奥は酷く冷たいあの目。ああ、名前聞いときゃよかったな。
セフレの名前なんて知ろうと思ったこともないのにな、とそんな事を考えて宇野は笑う。ちろりと唇を赤い舌が舐めた。
「……欲ーしくなっちった」
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