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「お邪魔しまぁす……」
中の様子を伺いながら、そっとドアを開く。立ち入り禁止のテープは貼られていなかったから、例え残り時間をここで隠れて過ごしていたとしてもルール違反にはならない。俺はそのまま植物園の中へと足を進めた。
体の内側から熱を発するような暑さから、じんわりと額に滲む汗を手の甲で拭う。全力で走ったからなぁ。あー、あっつ……。シャツの首元に手を引っ掛けてパタパタと風を送った。
早く日陰に入って涼もうと、奥へ奥へと進んでいく。すると見えてきたのはアンティーク調のお洒落なベンチ。日当たりが良くて微睡むには丁度いい俺の特等席で偶に足を運んではあそこで昼寝をしているのだが、今日は丁度日陰になっているみたいだ。
これでやっと落ち着ける……!!今日は本当にろくな一日じゃなかったからな、もう俺は何があっても動かんぞ!!
よっしゃ!!と一気に気分は上昇し、若干るんるん気分でベンチへと足を進める。しかしそこで、ふと違和感を感じて首を傾げた。ベンチに人影が見えた気がしたのだ。
もしかして、誰か、居たりする……??
足を止めてじっと目を凝らすと、やはりベンチの上で誰かが寝転がっている様だった。折角身を隠せると思ったのに、どうやらそれも叶わないらしい。
もう走りたくないんだけどな俺!!でも下手に声掛けて的撃ち抜かれたらここまでの努力も全部パーになっちゃうし、他の場所探すしかないか……あーーもう!!!
ガックリと肩を落として、そっとその場を後にしようとしたその時だった。
「……椎名か」
「え、」
まだ気付かれていないと高を括っていたがガッツリバレてたし何なら名指し。しかし俺は困惑しながらも、その声にどこか聞き覚えがある事に気が付いた。
「もしかして、九重先輩、ですか?」
低く落ち着いた声色で、人の気配にかなり敏感。おまけにこの場所と言ったら、俺が九重先輩と偶に顔を合わせていた例の場所だ。そろりそろりと謎の忍び足で近付くと、大きな体がベンチから起き上がった。
「ああ、やっぱり。こんにちは、九重先輩」
「……あぁ」
言葉少なながらもしっかり俺と視線を合わせて頷いてくれた九重先輩に、俺はゆるりと表情が緩む。
「すみません、俺もここ、お邪魔してもいいですか?」
「構わない。ここはそもそも、椎名の場所だろう」
俺の座る場所を空ける為にズレてくれた九重先輩の隣に腰を下ろし、俺より頭一つ分高い彼の顔を見上げて笑った。
「はは、いや、別に俺の場所って訳じゃないと思うんですけど……でもありがとうございます。助かりました」
もうずっと追い掛けられてて、と苦笑すると、九重先輩も少しだけ和らいだ表情でそうか、と相槌を打つ。
「先輩は生徒会の仕事、もういいんですか?」
「あぁ、俺の仕事はもう終わった」
「そうですか、お疲れ様です」
もう一度あぁ、と頷いた先輩。俺は疲労で凝り固まっていた心がほわっと解れた様な、穏やかな気持ちで先輩とぽつぽつ語り合う。と言っても殆ど俺が話題を振って、それに先輩が答えるという形なのだが。
あ?なに、懐きすぎだって?うるせぇよ、だって貴重なマトモな先輩だぞ??あとはやっぱあれだな、背ェ高くて強いってのがもう男としては憧れるよなぁ。
俺は今日一リラックスした気分で、また口を開いた。
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