新入生歓迎会

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◇ 「_____それで、もう本当に大変で。どこかに隠れてやり過ごそうかなって考えてたところだったんです」 走りすぎちゃって、ちょっと疲れちゃいました、と綺麗な顔に苦笑を浮かべながら俺を見上げた椎名の耳から髪が一房こぼれ落ちる。あまりにその動作が綺麗でじっと椎名を見つめていると、椎名は俺の目線に気が付いたのか口元をもごつかせながら目を逸らした。それから少しだけ困ったように、気恥ずかしそうに笑って、もう一度俺の目を見る。 「……あの、俺の顔になにか付いてますか?そんなに見られちゃうとちょっと恥ずかしい、です」 「ッ……!」 反射的に抱き締めそうになった自身を、ぐっと押さえ込んだ。上目遣いに照れた笑み。それを直視してしまったせいで荒れる内心とは裏腹に、きっと表情は差程動いていないのだろう。 息を飲んで固まった俺を、椎名がきょとんとした顔で見上げている。 「あ、あの、九重先輩大丈夫ですか?」 「……ああ、大丈夫だ。悪いな」 これくらいは許されるだろうと椎名の頭に手を伸ばし、髪をかき乱すように撫でた。すると擽ったいのか、椎名はくすくすと楽しそうな笑い声を零す。 「わっ、ふ、ふふ、九重先輩、なんですか急に」 ぐしゃぐしゃになっちゃいますよ、と無邪気に笑う椎名の可愛らしさに、俺の硬い表情筋も緩んでしまう。 優しくて穏やかで、いつも綺麗な笑みを浮かべている椎名は、だがどこか周りとは一線を引いているように感じる。誰にでも優しい平等な態度は、誰とも深く関わらないようにしているようにも見えるのだ。唯一椎名と特別に仲が良いのは、昔からの友人であるという同じクラスの男だけだ。 そんな椎名が、こんなに隙のある気の抜けた笑顔を見せるほど俺に心を開いている。その事実だけでも、俺は異様な程の高揚感を感じた。 誰にも渡したくない、など。こんなにも何かに執着心を持ったのは初めてだ。それに、こんなにも俺自身が心を開けたのも。 「あ、そういえば先輩に見せたい写真があったんです!」 突然何かを思い出したかのようにごそごそとポケットからスマホを取り出した椎名。無表情の俺が、どんな感情で椎名と向き合っているのかなど、欠片も気付いていない様子だ。 「じゃーん!うちのココくんの最新作です!」 そう言って差し出したスマホの画面に写っているのは、椎名の実家で飼っている小さな柴犬がお腹を出してけ昼寝をしている写真だった。 「これ、この前母さんから送られてきたんですけど、めちゃくちゃ可愛くないですか?」 「……ああ、可愛いな、すごく」 植物園でたまに会うようになってからこの写真のお披露目会は恒例となっていたから、それを思い出したのだろう。椎名の問いに、俺は深く頷いた。 「でしょう?ふふ、九重先輩に早く見せてあげないとって思ってたんです。だって先輩、可愛いもの大好きですもんね」 どこか微笑ましげに俺を見つめる椎名。確かに俺は可愛いものが大好きだ。こんなに大きな体をしているから、あまりそのようなイメージが無いのかよく驚かれてしまう。だから積極的に自分からそれを人に伝えたりはしなかったが、椎名とは会話を重ねるうちにぽろりと零してしまったのだ。 自分が付けたい訳ではなかったが、昔姉が付けていたキラキラの髪ゴムは可愛くて好きだった。小さな動物は目一杯愛でてやりたいと思うくらい好きだったし、ふわふわのぬいぐるみも可愛くて好きだった。可愛いものは、なんでも好きだ。 _____だけど、今一番可愛いと思うのは、 「ああ、大好きだよ」 お前なんだがな。
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