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「___!!!」
扉を開けて一拍置いた後、耳の奥まで響く黄色い悲鳴がぶわりと広がった。何を言っているのか聞き取れないほどの声量と勢いに、今日が初体験であるハルは咄嗟に耳を塞いだらしい。きっとあの分厚いレンズの向こうで目を見開いていることだろう。
だから言ったろ?心の準備がいるよーってさ。
「唯くんこっち向いてー!」
「唯様〜!」
「キャー!抱いてー!!」
「唯〜!!俺だ〜!!抱かせてくれ〜!!」
本当にこれっぽっちも聞き取れないが、取り敢えずの対処法として困ったな、というような表情で軽く笑って見せれば一際歓声が大きく上がった。
だから一気に言われても分かんないって。聖徳太子じゃないんだから、言いたいことがあるなら一人ずつ言ってもらいたい。
顔はきちんと笑みを保ち、愛想良く会釈を返しつつ席間の通路を進む。するとやはりハルの存在にも気付いたようで、顔を歪めては周りと顔を寄せる生徒の姿がチラホラ目に入った。
未だにぽかんと呆けているハルを引っ張りながら、ユズが明るい声を上げた。
「いやー、にしても今日も絶好調だな唯!さっすがモテる男は違うわぁ」
「その言葉、頭には『男に』が付くんだけど。ていうか言わせてもらうと、この中にユズへの歓声もかなりあるからね」
親衛隊は親衛対象からの許可が無ければ発足することは出来ない決まりになっているのだが、実はこの男、親衛隊発足の話が来た時に断っているのだ。『俺、キャーキャー言われるより言いたい派だから』というのはユズの言葉だが、まあ確かに推しCP見つけてはキャーキャー言ってんな。
勿論俺のところにも現隊長さんが許可を取りに来た。最初は悪目立ちしそうだからと断ったのだが、粘りに粘られて結局折れた。ちみっこくてきゅるるんなチワワ男子に毎日涙目で訴えかけられたらそりゃ折れるよね。俺は別にチョロくなんかないけどね。
「……ッハ!!い、意識が飛んでた!!」
空いている席を見つけ、腰を下ろして少ししてからハルが声を上げた。大人しいと思ったらそうだったのか。
「平気?まぁ最初はびっくりするよね。でも毎日こんな感じだからそのうち慣れるよ、俺たちもそうだったし。ね?」
「そーそ、二週間もすれば慣れるって。もし何かあれば俺たちに聞いてくれたら教えるぜ。例えばー、生徒会の事とか?」
キラーンと怪しげに目を光らせたユズが、机に肘をついて笑みを向ける。
「生徒会って、さっき言ってた?」
「ああ、多分そろそろ……」
言いかけたユズの言葉が、大歓声にかき消された。
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