月面清掃大作戦

1/13

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 仕事って辛いな。はっきり自覚したとき、今まで感じたことのない肩の重みに襲われた。依頼された事務所の窓を拭き上げているときだったのに。突然、僕の右腕は動かなくなった。 「原因不明といいたいところですが恐らく……いや、ストレスですね。診断書いります?」  なにか奥歯に挟まったような物言いに「は、はい」と返事する。右腕はゴリラのようにぶら下がり、だらしない。むしろ三十代にしては締まっている身体つきだと思うが、これでランボーのような体格だったら完全に半身ゴリラだ。 「お大事にどうぞ」  会計の決まり文句に会釈を返し、病院を後にする。駅前のベンチに座り一本電話をかけた。 「あ、もしもしお疲れさまです。先ほどはお騒がせしまして――」  新卒で入った食品会社は本社ごと潰れ、つなぎで入った飲食業はクレーム対応で疲弊、大学時代のツテで入った今の清掃会社はやっと落ち着ける場所だったのだが。 「……ええ、はい、後ほど申請書と一緒に郵送いたします。いえ、そんな、ありがとうございます。では失礼します」  中途採用で入った会社で初めて有給病欠をとった。有給自体が初めてかもしれない。働き方改革なんて夢のまた夢、普通はそんなもんだろう。 「はあ」  うなだれて、駅前の大型ビジョンを眺める。カランコロン、と空き缶が足元に転がってきた。ああ、僕も缶コーヒーを買えばよかったな。よっ、と拾って最近少なくなったゴミ箱を探し捨てる。職業病だな、こりゃ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加