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「あぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっっっ」
狂ったように泣き叫ぶあの子の声が響いている。
手当たり次第物を投げ散らかすから、かつては綺麗に整えられていた部屋は今や見るも無残な状態である。
ああ、今日もか。あるはずのない心を痛めるわたしは、早くあの子が「わたし」を手に取ればいいのにと願って止まない。
***
わたしの大切な大切な、あの子。
あの子が生まれたのは、その年はじめての雪が降った朝であったという。
外が一面の銀世界に染まるなか、駆けつけた父親によって、あの子は美雪と名付けられた。
けれどこれは聞いた話。わたしが美雪を見たのは、出産後の入院を終え、陽子ーー美雪の母親が家に戻ってきた時だ。
昔は、出産といえば自宅で産婆が取り上げたものだが、陽子も、その母親の潔子も……いや、いつの時代からだったか、彼女たちは産婆では無く病院へと行きだした。産声を聞けなくなったのは少しばかり寂しい気もしたが、時代の流れとはそういうものなのだ。
だからわたしが持つ、一番古い美雪の記憶は、陽子の腕に抱かれた、真っ白なおくるみ包まれた毛のない猿のような赤子。布団に寝かされるなり泣き出したのを覚えている。
それから、しばらく陽子たちは三人で暮らし、そののち二人暮らしになった。
美雪の泣き声と同じぐらい、陽子の泣き声を聞いた日々だった。
終わりは突然で、しかし終わる日に安堵し、わたしは今度もちゃんと役目を果たせたことに満足した。
美雪が嫁ぐと知ったのは、彼女が生まれた日から数えて、二十年ほどのちのことだ。
連れてきた相手は、よくいえば素朴で真面目そうな、悪くいえば可もなく不可もない平凡な男だった。五つほど年上だそうだ。仕事は公務員だといったか。
見た目どおり、酒も飲まず、煙草も吸わず、賭け事にも興じないという男を陽子も気に入ったようで、彼女は今時分にしてはだいぶと早い嫁入りに反対もしなかった。むしろ結婚式だのハネムーンだの楽しそうに話す娘を目を細めて聞いていたほどだ。
ちなみに、陽子も同じくらいの年に結婚して、翌年を待たず美雪を産んでいる。彼女たちの家系は、わたしが知る限りその時代にしては皆わりあい早く嫁ぐのだ。
わたしが陽子の手を離れたのは結婚式の前日、二人で囲む最後の夕食のあとだった。陽子は「お守り代わりだから」とわたしを美雪に渡したのだ。かつて陽子が自分の母親からわたしを渡されたように。
そしてわたしは、次は美雪に受け継がれることになった。
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