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<プロローグ 1>
<1>
ある雪の降りしきる日、別れの日。
「・・・行くのか、やはり」
「ああ、これが現在の俺に与えられた任務だからな」
「・・武運を祈るよ」
「ハハッ、武運なんて・・。俺の仕事は巷のオメガ引っ掛けてナンパしまくる事だぞ? 武運もくそもあったモンじゃ無い」
それまで黙っていたが、やはり割り切れない。
つい、声を荒げてしまった。
「・・ッ、地位も名誉も血統もある君が、何でだ?こんなもの、”作戦”にかこつけたただの人体実験じゃあないか!」
「それでも・・辞令が交付されて、命令が下されれば軍人なのだから従わざるを得ない。・・お前もそれは分かっているだろう?」
「ガブリエルはどうするつもりだ。彼女は聡明で美しい。婚約してるんだろう?」
・・そう、彼には美しい婚約者がいた。
それなのに。
「ああ・・・お前には言ってなかったか。婚約は解消した、つい先日な」
「それで・・それでいいのか、本当に?」
「ああ、どうせこれも決められた物だった。今更こう言っちゃなんだが・・ド庶民の俺に超が付くお嬢様の彼女は到底釣り合うと思えない。これで良かったんだ、美しく未来ある彼女の為にもな」
頷いた彼のその表情を、今も忘れる事が出来ない。
(じゃあ、私は?・・・と言えたのなら)
私はあらゆる感情を飲み込んで、ただただ敬礼した。
「・・ハロルド・イフラント・パクストン中尉、ご武運を」
「ありがとう、ヨアン・ミハエル・フレドリク・オークス少尉。・・行って来る」
そう言ってペンタゴン(国防総省)で別れたのは、私より4つ年上の幼馴染。
二つも飛び級して医大を卒業し、軍医になった秀才。
いつでも彼は私の憧れだった・・・・・
シュッ・・・・ド、ドオオオオオオォォォ・・ンンッ!
ッドドーーーーンッ!
迫撃砲の至近弾がかなり近い所に打ち込まれた様だ。
2001年10月2日。
アメリカ同時多発テロ事件が勃発。
アメリカ政府は直ちに「不朽の自由作戦」と銘打った作戦をイギリスと共闘で展開。
それからすぐ出た辞令に従い、現在私はアフガニスタンのタリバン掃討戦に身を投じていた。
現在首都カブール近郊の都市ガズニーの市街地にて、目下作戦行動中である。
私は現在一個小隊を率いており、この数日敵陣の真っ只中で砲弾にさらされ続けている。
内訳は9人編成の部隊が4つ。
数日間ただただ不眠不休で作戦行動を展開していた。
任務は陽動と情報収集、拉致されている要人とその家族の保護だ。
陽動と情報収集はチャーリー・デルタの各小隊が。
私の率いるアルファとブラボーの2隊が要人保護に動いていた。
ただ、昨晩の作戦行動後からデルタ小隊と連絡が取れない。
それが不安要素ではある。
しかし・・・それにしても。
私は今、戦場に居る筈。
なのに私は・・。
何故今・・・あの雪の日の、あの日のあの時のあの場所に居るのか。
(・・ああ・・・私は恐らく・・・・・)
薄く目を開けると・・赤茶けた砂埃の舞い散る中、そこに緊迫した表情の部下の顔があった。
「・・・尉、オークス中尉!敵の戦車が迫ってます、一時撤退のご指示を!」
散弾の着弾する音や味方の銃撃の音などで、かなり聞き取れなかったが・・そう言う事らしい。
バン、ビシッ!
崩れ落ちた壁の隙間からまたも至近弾が着弾した。
それと同時に、砕けた土壁が粉塵を薄暗い室内にまき散らした。
時計に目をやると、現在の時刻は昼の13時を過ぎ・・もう14時に近づいていた。
敵の銃撃は、確実に我々を包囲し始めている。
キロッロロロロ・・・・
キキッキッ、キルルキロロ・・・・・
まだかなり遠いが、キャタピラの転回音。
ダダダダダダダダダダダダダダッ
ドドドッドドドドドド・・・
マシンガンなどの連射が、崩落しかけた土壁を激しく砕いて行く。
時折、金属などの堅い物に当たった跳弾が茶色い埃でもうもうとした室内にも情け容赦なく飛び込んで来る。
無論、当たれば致命傷は免れない代物だ。
一時的に崩れ落ちた民家に身を隠していたのだが、そこを嗅ぎつけられた様だ。
(しまった・・ここ数日の不眠の作戦で、かなり神経をすり減らした様だ)
「あ・・・ああ、すまない。少し気を失っていたらしい。・・総員一時退避、分散して散り散りに脱出!怪我人は?報告を」
私は素早く無線を手にしながら、崩れかけた明り取りの小さな窓から微かに顔を覗かせた。
だが、敵の狙撃兵に素早く察知された様で、先回りする様に集中砲火を喰らってしまった。
間一髪避けたからよかった物の、当たれば確実に頭が吹っ飛んでいただろう。
身を隠したと同時に、部下達からの無線を受信した。
「アルファ、ラジャー。こちら怪我人はおらず」
「ブラボー、了解しました!軽傷者が一人、私が責任持って合流ポイントまで運びます」
「チャーリー、・・ラジャー」
やはりデルタから連絡は無い。
仕方無くこちらから問いかける。
「デルタ、返事しろ、デルタ!」
「り・・りょ・・う・・・ザーーッ・ザ・ザ・・」
かすかに聞こえはしたものの、すぐに途切れてしまった。
「中尉、間もなく作戦開始時間になります!早く合流ポイントへ移動しましょう!」
「ああ、味方のドローンにハチの巣にされるのは御免だ。ウォルシュ一等軍曹、先導頼む」
「了解いたしました、では私が先導いたします」
「私がしんがりを務める、頼んだぞ」
崩落しかけた民家に唯一残っていた扉が、凄まじい爆風・爆音と共に飛び散り、巻き込んだ瓦礫と共に私達に襲い掛かって来た。
「3・2・1・・レディー、ゴー」
「ラジャー」
私達は、吹き飛ばされた扉の存在していた場所に向かって一斉に銃撃を開始し、侵入して来たタリバン兵達と交戦しつつその場を離脱した。
その時救出に当たっていたのは、アフガニスタン政府のとある要人の家族。
アメリカ政府に救助の要請が来たため、陸軍が精鋭部隊を差し向けて救出する予定だった。
だが、オークス中尉率いる小隊が向かった先の隠れ家に既に人影は無く、待ち構えていたタリバンの猛攻撃に遭った。
だからとてそう簡単に「敵襲に遭遇し、そのまま逃げ帰って来ました」なんて理屈は当然通用しない。
残念だがもしも皆殺されてしまっていたのだとしても、せめて彼等の遺品なり手掛かりなりを持ち帰らねば、任務完了とはいかない。
私含む部下達は散り散りになりつつも数日掛けて情報収集を行い、ある程度帰投できるだけの情報を得た為、作戦本部の指示を待って帰還する手筈だった。
しかしどこから情報が漏れたのか、彼等を先回りする形でタリバンは襲撃を続けていた。
後日判明したのが・・。
デルタのチームメンバーが、襲撃された際に無線を奪われていた。
デルタは分隊長と機関銃手、装甲車の操縦手の三人以外の六人が早い段階で掴まり、捕虜にされてしまっていた。
彼等に対してタリバンは、身震いする程おぞましくも惨たらしい拷問を行い無線コードを吐かせた。
その為、小隊の概要や任務内容などが敵の手に渡ってしまっていたのだ。
だが彼等もそういう事態は織り込み済みで動いている。
デルタと一時音信が不通になった時点で全員のコードを変更。
彼等に伝わる様にしていたのはごく一部のみ、彼等に偽情報を信じ込ませる時のみ限りなく本物っぽい情報を事実を絡めながら伝え、彼等をとある場所に集めて釘付けにしてから一斉撤退。
その後は無人ドローンによって周囲一帯は焼き尽くされた。
私は隊の宿営地に帰投後その顛末をレポートに仕上げ、後日ペンタゴンへ送付した。
あの時救出を願っていたのは、大臣の一族だった。
大臣の名はフェハイド・ディハニ。
それは彼の家から婚約者を貰い受ける前だったイランの富豪、アベディニ家からの救援要請だった。
アベディニ家はディハニ家から、イスラムの戒律で禁止されているオメガの少年を密かに身請けする予定だった。
アベディニ家はそもそも、取り締まり厳しいイラン国内にて戒律で禁止されている酒を非合法に輸入して密かに売りさばき、莫大な富を得ていた。
寧ろ彼等にとって、禁止されている物こそが主力商品だった。
例えば・・アメリカの歌手のCD、いかがわしい写真集、豚肉で出来た加工品、銃火器など。
CDの歌自体はまあ戒律には触れないかもしれないが、当時アメリカとは激しい敵対関係にあった為、アメリカ関係の物品は特に強く規制されていた。
いかがわしい写真集は、写真自体が偶像崇拝に当たるうえ、女性が人に肌を見せること自体が戒律によって禁止されている事なのでNG。
豚肉は、豚自体が不潔・不浄の生物とされているから。
要は、結局コーラン(イスラム教の聖典)で禁止されている物は「だめ」なのだ。
しかし”人の性(さが)”と云うのは困ったものである。
やるなと言われればやりたくなるし、覗くなと言われれば無理矢理にでも覗きたい。
ダメと言われる物だからこそ欲しくなるし、試してみたくもなるのである。
そして・・その中で一番金になるのは、やはり酒と人身売買だった。
彼ら人買いにはそれぞれ”仕入れ”のネットワークがある。
その中で彼等が得たのが、特別上玉の美しいオメガの少年の情報。
無論、同性愛が戒律で禁止されているイスラム教で、オメガといえど男は結婚対象にはならないし出来ない。
だが、一部の金持ちや王族などは”結婚”はしないものの、”愛玩目的”でオメガの少年たちを囲っていた。
アベディニ家はではその少年を囲い込む事によって、少年の遺伝子によってもたらされる”美”を欲しがったのだ。
彼とアベディニ家の男達を交配させ、その後も美しい容姿の子が一族に生まれ続ける事を願い、莫大な身代金をアメリカ政府に支払って願い出た救出だった。
しかし引き受けたアメリカも、思う所が有った。
イランとはイスラム革命以来関係が悪化したまま、未だ修復の目途は立っていない。
しかもイランは核開発も行っている危険な国家である。
民主主義に反旗を翻す、テロを行う軍事国家を支援して武器を供給したりもしている。
民主主義を敵に回す・・すなわち白人社会を敵に回す、そんな国での情報収集はやはり容易ではない。
しかし、イラン国内ではグレーな存在であるアベディニ家、今回彼等に恩を売っておけば、それから先の協力を得やすい。
彼等もバックにアメリカが付くとなれば、又状況が変わって来るだろう。
今回の作戦は互いにウィンウィンの関係を築きたい、両者の思惑が成し得た物だった。
・・・だが、彼等は既に殺されてしまっていた。
一族郎党、館の大広間に集められていたのだろう。
全員ハチの巣にされた挙句灯油をかけて焼かれていた。
その時オークス中尉の部隊が持ち帰れたのは、焼け焦げた遺体の中から発見した、その少年が普段身に付けていた金の指輪だけだった。
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