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贈りものをすることは、良いことだ。それはもらう人だけでなく、時として、あげる人にとっても。
北風と太陽の逸話は、それをわれわれに教えてくれる。
旅人の服をぬがせたいのなら、強い風で吹き飛ばそうとするのではなく、逆にあたたかな日光をあたえる。そうすれば、寒さから身をまもるための服が要らなくなって、旅人のほうから服をぬぐ。
そうして、太陽の手には勝利が転がりこんできたわけだ。
時は現代。北風と太陽が、長い年月を経て、ふたたび出会った。
「太陽さん、久しぶりだね。」
「北風さん、久しぶりだね。」
「ここで会ったのもなにかの縁だ、前回のリベンジマッチをしようよ」
「いいよ。でも、何回やっても結果は同じじゃないかな?」
「今回は条件を変えよう。前回は男の旅人だったけど」
「うん」
「今回は、どちらが女の人の服を脱がすことができるか、で勝負だ」
「そうきたか……そういう深夜番組みたいな企画は前回の子供向けの話ではできなかったから、良いかもしれないね。よし、その挑戦受けた」
2人は、笑顔でうなずきあった。
以前対決した時とは、世界の状況は大きく異なっている。
文明が高度に発達した現代、前回のような暑さ、寒さを武器にした対決はもはや意味をなさない。なぜなら、屋内に入ればどこもかしこも快適に空調が効き、北風の寒さも、太陽の暖かさも、どちらの効果もないからだ。
また時代がくだるにつれ、北風と太陽は、気温といった物理的な―いわば前時代的な、単純な―ものを代表するばかりでなく、もっとシンボリックで、概念的で、時代に則した広い意味をもつようになっていた。
単純に言ってしまえば、太陽は「なにかを与えるもの」、北風は「なにかを奪いにかかるもの」になっていたのである。
「じゃあさっそく始めよう。あの若い女性なんか、いいんじゃないかな」と北風がいう。
彼が見つけたのは、どこにでもいそうなOL風の女性である。オフィスがたちならぶ街を、うつむきがちに歩いている。
「そうだね。前回は僕が後攻だったから、今回は僕からはじめるよ」と太陽。
めざとい彼は、彼女の疲れたような顔、ものうげな歩調、そして安くくたびれたコートを見て、きっとお金に困っているのだと見抜いた。
それもそのはず、日本はもはや「豊かな国」から脱落しかかって久しく、若い人はその多くがお金に困っている。
というわけで彼は、彼女に「経済的な日光」をプレゼントすることにした。ひらたく言えば、彼女にとても大きな金運をプレゼントしたのである。
急に金運が舞い込み、一気に増えた口座の残高を見て、彼女は驚きに飛びあがった。
太陽は勝利を確信し、笑みをうかべた。
「見ててごらん。金持ちになった彼女はきっと南の島にでもバカンスに行って、服をぬぎ、水着になるよ」
しかし、そうはならなかった。
彼女の生活は一変し、豪華な食事を食べ、大量の酒を飲み、そしてホストクラブにはまった。美しかった彼女の体はあっという間にブクブク太り、肌を見せることを嫌がるようになった。
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