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アラン兄様とセオ兄様
「やあ、私の名はアラン。セシリアいつの間にか大きくなったね、髪も伸びてとても綺麗だよ。私のことを覚えているかい?」
私は勢いよく頭を上下に振って頷いた。
……否。アランの顔と足元に横たわるスケルトンを交互に見ていただけである。
だって踏んでんだよね、さっきから。絨毯みたいに、普通に違和感なく散らばった骨をさ。『やあ』とかそんな爽やかな挨拶の足下で極悪非道がなされてんだよね……。
あんだけ踏まれたら……無理だな、あれは復活できないわ。さようならスケルトンよ、安らかに眠れ。
「ははは、嘘ばっかり。まぁ過去なんてどうでもいいよ、大事なのは今だからね。これからは仲良くしてね」
差し出された手に、なんとか笑みを浮かべながら右手を重ねる。
ルルム情報ならコイツ──アランはセオの双子の兄の方。私と同じ金色の長い髪を束ね、リリベル譲りの切れ長な赤い瞳。
これはいわゆる、キツネ目っていうのかな? まぁなんにせよ容姿端麗、腹立つくらい整ってます、はい。
「おいおいセシリア、そんな見え見えな嘘つくなよ。最後に俺達と会った時はまだ、あのババアの乳に吸い付いてた頃だぞ? ……覚えてねぇだろうけど、その頭に付けてるやつ俺が送ったもんだからな。やっぱ思った通りすげぇ似合ってる」
ということは必然的にこっちが──セオ。
双子の弟の方で……やばっ、褒められて一瞬ドキッとしちゃったじゃない。しかもちゃっかり俺の妹アピールしてくるあたり、まだまだ子供。アランの目の色と同じ、ルビーのような赤い短髪で前髪は若干長め。それ邪魔じゃないかって、こっちが心配になるくらい。その隙間から時折覗くのは黄金色をした瞳。
だだ魔王リリベルの血とは恐ろしい。どうしてこんな私を含め美男美女をこの世に生み出してしまったのか。
父親と今まで会ったことないからどんな顔かは知らんけど、きっと整ってんだろうな。
ほら、ゴブリン見てみろよ……あれが普通だから。
普通のモブみたいな顔してるだろ? ん? あぁ緑色してたわ、例えになんねぇわ。
そんなことを考えている最中、両手を打つ乾いた音が部屋に響きわたる。一気に現実へと引き戻された私はその音のする方へと振り向いた。
「──これで今日はお開きだ。さっさと帰れ、あとは家族水入らずの時間を過ごす」
リリベルの一言で一斉に立ち上がった魔族達がそそくさと足早に、逃げるように部屋を出て行った。
母上よ、何故あいつらを呼んだ? 誰一人として私と会話なかったじゃない。そういえばリザードマンとかずっと尻尾床に打ち付けてたけど、それでオーケーなの? あの行動は猫でいうとこのイライラ表現じゃない?
広すぎる部屋にぽつんと取り残された私達魔王一族。沈黙の続く重い空気を、どうにかしなければ。私はリリベルの膝から降りて、アランとセオの前に立ち顔を見上げた。
「ちゃんとご挨拶ができなくてごめんなさい。アラン兄様、セオ兄様。今日兄様達と会うことができ、セシリアは本当に幸せです!」
ここは可愛く、そしてあざとく。ドレスの裾を握って恥じらいながらお辞儀をする。想像以上にイケメンだったからオマケの上目遣いもつけちゃおう。これぞセシリアのみ発動が許される必殺技『小悪魔な瞳(デビル・アイ)』。
あ、ごめん、スケルトン。気付いたら私も踏んでたわ。
可愛すぎるセシリアの攻撃に悶絶している兄二人に対し、後ろでどこからか取り出したカメラのシャッターを切るリリベルにはあえて視線は送らない。これこそが七歳女児のもつ──自然体だ。
「お、おう。今日からよろしくな、セシリア」
「私達の方こそセシリアに会えて幸せだ。これからは毎日一緒だよ」
セオとアランの交互に頭を撫でられ、その安心するような優しい手つきに堪らなく心地よさを感じた。一応リリベルも便乗したかのように撫でてきたけど……はっきり言って邪魔だ。ちょっと今はイケメンに浸らせてくれ。
ホント勇者クビになって正解だったわ。兄様、超絶イケメンじゃんマジで。
今日から毎日この顔拝めんのかよ……マジ楽園、兄様万歳、妹万歳!!!
「セシリアよ、こやつらを庭にでも案内してやるといい。今日は天気も良い、黒薔薇も咲いているだろう」
「わかりました母上。じゃあアラン兄様、セオ兄様行きましょう!」
リリベルのナイスな提案に、私は満面の笑みを浮かべて玉座の間を後にした。右手が握るのはアランの手、左手が握るのはセオの手。ちょっとひんやりしているが、両手に花とはこのことか。
「こらこらセシリア、あんまりはしゃぐと転んでしまうよ」
「そうだぞ、あぶねぇからじっとしてろ」
「大丈夫だよ! もし私が転んでも、兄様達がきっと助けてくれるって知ってるもの!」
「「セシリア……」」
私は今幸せの絶頂に立っていた。怒ったら怖いけど優しい母親に、妹思いの兄二人。そしてほのかに香る甘い恋の予感。今まで夢のまた夢でしかなかった生活を私は謳歌しているのだ。
「……勇者が来たら全員殺そう」
「ん? なにか言ったかい? セシリア」
「わりぃ。ちょっと聞き取れなかったわ」
「ううん、なんでもないの! さぁ、早く行きましょう!」
首をかしげるアランとセオに笑みを返して廊下を駆ける。だが正面を向いた私の表情に暖かさなど微塵も残っていないだろう。唯一残っているとすれば薄く開いた口元が浮かべる微笑のみ。
必ずここへ来るであろうこの幸せな生活を壊す者に呟いた言葉は、どうやら二人には聞こえていなかったようだ。
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