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放課後。
朱莉は授業が終わるとすぐに教室を出た。
学校の敷地から出てしまえば、些細な気配さえも感じなくて済むと思った。
だが、最後の階段を駆け下りる寸前に、背後から声をかけられた。
「あ……朱莉!!」
神の残酷さをこれほど呪った瞬間は無かった。
無視することは出来ず、朱莉は振り向いた。
「智樹……」
スラリとした長身。短く切り纏められた茶色い髪。幼馴染の目から見ても、整った顔立ち。優しげな眼の上に乗った眉が、今は弱気を示していた。この校内では、朱莉以外の誰にも分からないであろう変化。幼馴染だけの特権が、今の朱莉には少し誇らしく、同時に憎らしくもあった。
「どうしたの?」
「いやその……ええと……。あ、ほら、今年は……無いのかなって」
誕生日プレゼントの話題を振ろうとしているが、本当に言いたい事がそれではないのは明白だった。
今から告白を受けに行こうとする男が、別の女に何を言いたいのか。
幼馴染終了宣言ならば受けるまでもない。
しばし沈黙の後、朱莉はごく短く答える事に決めた。
「ご……ごめんね……」
ぎゅっと鞄の持ち手を握り締め、朱莉は小さく頭を下げた。
「……そか」
小さなため息が朱莉の耳に届いた。
胸に痛みが走る。だが、これで良いのだと自分に言い聞かせた。
「そ……その髪型、可愛いな……」
「あ、ありがと……」
気恥ずかしさと気まずさ。
お下げを指先でつまんでみるが、胸中に渦巻く思いは到底消せなかった。
やがてその場にいる事すら辛く感じた朱莉は、先に口を開いた。
「私……行くね」
「……あ……おい」
これ以上、智樹からの言葉を聞いていられなかった。
何かが胸の中で暴れ出す前に、朱莉は踵を返して歩き出した。
校舎から出た朱莉は、気が付けば走り出していた。お下げが揺れ、真っ白な吐息が後ろへ流れていく。
帰途に就く他の生徒の間を抜け、正門をくぐり、毎朝上っている坂道を一気に駆け下りた。
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