近いようで遠く、遠いようで近い

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 パシュッと空気を突き抜けるような大きな音が響いた。   キャップを握った手に、小さく鋭い風を感じるのと同時に、手の中のペットボトルが暴れた。 「えっ……」  猛烈な勢いで拭きあがってきた液体は、キャップとボトルの口の隙間から勢いよく溢れ出し、さながら噴水の様にボトルに沿って溢れ出した。当然、ペットボトルを持った朱莉の手にも液体は襲い掛かる。 「きゃっ……」  朱莉は驚いて思わずペットボトルから手を離した。  解放されたペットボトルは落下を始めながら、暴れる液体の動きに合わせてその体を遠慮なく捩った。  結果、周囲にまき散らされる液体。  一番近くにいた朱莉がその洗礼を浴びるのはもちろん、地面に着地して跳ねたペットボトルは、反応が遅れた智樹にも容赦なく中身を襲い掛からせた。 「うわっ、ちょ、何してんだ!!」  思わず声を荒げてバックステップを踏む智樹。  だが、液体は一瞬早く、そのズボンや靴に飛沫を飛ばした。 「きゃああ、ごめんなさい!!」  朱莉は悲鳴のような声で謝りながら、暴れるペットボトルを押さえようと手を伸ばす。だが、ひと暴れを終えたペットボトルはすでに落ち着いたあとだった。べとつく手でそれを拾い上つつ、申し訳なさのあまり涙目で智樹に頭を下げた。 「ごめんなさぁい……」 「ったく、何やってんだよ……」  ズボンにできた染みを見て、少し口調を強めた智樹だったが、目の前に立つさらに悲惨な幼馴染の姿を見て、それ以上何か言うのを止めた。 「走ってきたの忘れてたぁ……」  ぽろぽろと涙を流す朱莉の手は完全に炭酸飲料塗れで、顔にも飛沫が飛んでいた。慌てて動き回ったせいか、髪もややぼさついている。  着ていたダッフルコートにもしっかり染みが付いていた。  幸いだったのは、コートの色が濃いためにそれほど目立たない事だろうか。  もちろん、クリーニング行きは免れないが。 「とりあえず、ペットボトル捨ててくる。手とか洗って来いよ」 「……うん。ありがとう」  軽くなったペットボトルを差し出す朱莉の表情は、絶望と悲愴に満ち溢れていた。
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