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それから十分近く走り込みようやく学校に辿り着いた。時間も始業の五分前を差していた。家から走りっぱなしなこともあり、息も絶え絶えだがどうやら遅刻だけは避けられたようだ。
呼吸を必死に整えている僕を尻目に、里奈は細い指先で優雅に顔を扇いでおり余裕の表情で呼吸を整えている。結局学校に着くまで里奈に追いつくことはなく、一緒に登校と言うよりは朝の走り込みになっていた。彼女は疲れ果てている僕をにやにやしながら眺めている。
「もう息切れたの?ゲームばっかりしているから、体力が落ちちゃうんだよ。今年の夏は一緒に運動して体力でもつけよっか」
からかい交じりの小言を言いながら里奈が先に歩いていく。これだけ暑い中体力トレーニングなんて想像しただけでも勘弁してもらいたい。室内で二人でやるスポーツなら大歓迎という、あからさまな下ネタが脳裏をよぎったが、それを口にしたら本格的に説教モードに入りそうなので発言は控えた。
「それだけは勘弁してください。夏は部屋に籠ってゲーム三昧がいいです」
僕の発言に里奈が深いため息をつく。再び説教が始まりそうになったところ、予鈴のチャイムが校内に鳴り響く。
それを聞いた里奈が慌てて駆け出す。結局それにつられて僕もまた走ることになる。
朝からの全力疾走のおかげでどうにか遅刻することなく教室に滑り込むことができた。朝から走り通しで体中が悲鳴をあげている。しかし教室にはいってすぐに終業式の移動があるので、そこでもゆっくりすることはかなわなかった。
僕と同じく走り通した里奈の方は、ケロッとした表情で友達たちの輪に加わっていた。そこまでの余裕があることに対しての驚きと、すぐにでも輪に入れる姿を目にして自分の価値について疑問に感じてしまう。こんな情けない僕があの子と一緒にいていいのだろうか。
「夏休みになっても本校に在学しているという意識を持ち……」
朝から続く慌ただしさもようやく一段落して、ゆっくりと体を休めることができた。前では校長先生が誰も耳を傾けないような無駄話をしている。きっと全体を見渡せる位置から話しているなら誰も耳を傾けていないということは分かるだろうが、それでも何故話すのだろうかとどうでもよいことばかりが浮かんでしまう。無意味に真面目に話す校長先生をぼんやり眺めていると、前方の方に座っている里奈のことが目に入った。里奈の方も話は聞いていないようで、近くの友達と小声で談笑をしている。その柔らかい笑顔は彼氏贔屓なしに魅力的な姿であった。
そんな里奈の姿をみていると、教室についてから感じた疑問がまた再出してくる。疑問と言うよりは劣等感と言った方がよいのかもしれない。僕みたいな男があの子の彼氏を名乗ってもよいのだろうか。
スポーツ万能で友達も多く誰からも慕われる少女。それに対するは友達もほとんどいなくて、勉強も運動も得意とは言えない自分。どう考えても不釣り合いのように思えてならない。
こんな僕があの子にしてあげられることは何なのだろうか。周りに誇れるようなことがない僕にできることなどあるのだろうか。そもそもどうして僕みたいな男があの子と付き合うことが出来るのだろうか。
僕と里奈は家が近いことと親同士の仲が良いこともあり、幼い頃から一緒にいる時間が多かった。それから一緒にいるうちに彼女のことを自然と好きになり、僕の方から彼女に想いを伝えた。それから二年近く付き合っているのだが、彼女がどうして二つ返事で僕の想いに答えてくれたかはいまだに分からずにいる。
持ち前の明るさとルックスの良さがあいまって、里奈は周りの男子からも人気があった。誰にでも分け隔てなく接する彼女の周りには自然と人が集まるのは男子とて例外ではなかった。楽しそうに談笑する男子もいるし、彼女に恋をする男子も何人かいた。
僕と付合い始めてからも彼女に想いを告げる男子はいたが、里奈はその想いをすべて両断していた。もちろん僕としては助かる話ではあるのだが、その話を聞くたびに不安になってしまう。彼女に告白する相手は全員、僕よりも魅力的に思えるからだ。クラスの中心にいるような男子や、運動万能で周りからの人望が厚い人物。そういった人達でなく僕を選ぶ理由は何なのだろうか。正直な話、里奈と一緒にいる時間の長さ以外に周りに勝っているところは一切思い浮かばない。
里奈から告白されたという話を聞くたびに僕の中にある不安は大きくなっていった。彼女は親切心から僕に起こったことを話してくれるのだが、それが僕をかえって不安にさせた。
彼女から見捨てられないようどうにか変わろうとも思った。だけど変わるといっても何を変えれば良いかが分からない。一緒に運動をすればよいのだろうか。それとも性格を直してクラスの中心に溶け込めるように努力すべきなのか。いくつか考えは浮かんだがどれも僕にはできそうにはなかった。
元々運動が苦手な僕にはアクティブな里奈と同じように運動するのは厳しかったし、クラスに溶け込もうにも積極的に声をかけて、自然に接することなどできない。簡単に閉鎖的な性格を直すことなどできなかった。
そしてその事実が突き付けられるたびに、僕は強い自己嫌悪に陥ってしまう。やっぱり僕にはあの子と付合うような資格などないのだと責められているような気がした。それからまた強い不安に襲われる。ここ最近はずっとこの繰り返しだ。
今回も例外ではなく自己嫌悪に囚われているうちに放課後になっていた。途中に成績の返却などがあったが全然印象には残らなかった。朝の頃にあった冗談をいう気力すらなくなっていた。
周りが夏休みの予定を楽しそうに話しながら教室を出ていく中、自己嫌悪に囚われながら里奈のことを待っていた。
元々一緒に帰る予定だったのだが、急遽夏休みの練習についてのミーティングが入ったらしく終わるまで教室で待つことになった。それから三十分くらい経ってから里奈が駆け足で戻ってきた。
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