誓い

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 「ごめんね。思ったより時間がかかっちゃった」  「いや、別に気にしてないからいいよ」  僕が軽口の一つも言わずに答えると彼女は、申し訳なさそうな顔をしてもう一度謝ってきた。どうやら僕が怒っているのだと勘違いしたらしい。実際には僕の身勝手な自己嫌悪で雰囲気を悪くしただけなので、里奈に落ち度は一切ない。そうしてまた彼女を困らせてしまったことに対して自己嫌悪に陥る。  それから二人で並んで家へと戻り始める。朝とは異なり帰りは二人並んでゆっくりと帰ることができた。だけど朝にあったような明るい気持はどこにもなかった。  里奈の方は僕に気を遣って、色々なことは楽しそうに話してくれた。成績が思ったより悪くて困ったということや、明日からの休みは何をして過ごそうかとはしゃぎながら僕に語り掛ける。だけど僕の目にはどうしても彼女が自然体で話しているようにはみえなかった。さっきから明らかに口数が減っている僕に対して気を遣いながら話しているというのは感じ取れた。笑顔で接してくれているが、その笑顔はどこか無理をしているようにしか見えなかった。  結局こうしてまた里奈に迷惑をかけてしまう。それが嫌なら冗談の一つでも言って彼女を安心させるべきなのだがそれもできない。そうしてさらに自己嫌悪の渦に囚われてしまう。自分勝手な都合で僕の精神は破綻をきたしてしまった。  「里奈、聞きたいことがあるんだけど……」  しばらくまともな反応をしていないかった僕の問いかけに彼女は驚いていた。驚くと言うよりは怯えているような印象を受けたが、その表所はすぐに消えていった。  「なに?」  「今さらこんなこと聞くのもなんだけど……。どうして僕みたいな奴と付合おうと思ったの? 正直なところ、君は周りからも人気があるし僕なんかより魅力的な人がいっぱいいるでしょ。そんな中、僕と付合おうと思った理由が分からないんだよ。もし昔からの付き合いがあるところからの同情心なら僕はとても耐えられそうにない。それにこんな卑屈な人間といたら君まで駄目な人になっちゃうかもしれない。僕はなによりもそれに耐えられないんだ。……だから僕と別れない?」  一度自己嫌悪を話し始めてしまうと、驚くほどに自分の嫌なところがすらすらと出てきた。まさか別れようとまで自分で言い出すとは思ってもいなかったが、もしかしたらこれが僕の本音なのかもしれない。  彼女に見合うような男にならないといけないという重圧もあった。それ以上に僕のせいで彼女が駄目な方向に向かってしまうのが怖かったのだろう。僕と一緒にいては彼女がやりたいことを束縛してしまう。それならいっそ彼女を遠くから見ているほうがよい。自分の心の中ではそう思っていたのだろう。  これで僕たちの関係も終わる  後は里奈がなんと言うか待つだけだったが、当の里奈はいきなり笑い始めた。なにがそんなに可笑しいのか分からないが、涙を流すまで彼女は笑い続けていた。  「あーあ、そんなことだったんだ。なんだか心配して損した」  僕としては本気の告白だったのに、そんなこと呼ばわりされるのは癪だが今はそんなことどうでもよい。それから里奈は表情を険しいものに変えて強引の僕の手を引いて歩き出した。  「いや、ちょっと、里奈さん。いきなりどうしたんですか」  「いいから私のあとについてきて。口答えは許さないから」  先ほどの笑顔から一変して表情が硬いものになる。これだけ里奈が怒ったような仕草を見せるのは初めてな気がする。それについてきてと言うが強引に手を引かれているのだし、ついていくというより、もはや連行に近かった。だけど今はそれすら言うことを許さないような迫力に満ちていた。  それからしばらく里奈に連行され、家の近くの公園に着くと同時にようやく解放された。この場所につれてきた理由は分からないが、ここが二人にとってどういう場所かだけは分かる。小さい頃からよく遊ぶ場所でもあったし、何より僕が里奈に想いを伝えた場所であった。  学校の帰りに僕がこの公園によるように提案して、そしてこの場所で彼女に告白をした。自分でも笑っちゃうほどにがちがちに緊張していたのも記憶に新しいし、放課後ということもあり近場の小学生たちも遊んでいる中での告白であった。里奈はその時に二つ返事で了承してくれたが、後々になってもう少しまともな場所で告白できなかったのかとからかってきたのも懐かしい。  僕を解放した里奈は、仁王立ちをした状態で僕のことを睨みつけている。その様子が朝の際現になっていてなんだかおかしく思える。そんなことを考えていると里奈からかなり強めのチョップが下る。想像以上の痛みに素の声で痛いと声が漏れる。  「いきなり何をするんだよ。結構本気で叩いたでしょ」  「それはもちろんだよ。いきなり訳の分からないことを言いだす優輝がいけないんだからね」  それだけ告げると先ほどまでの強張った表情が少しだけ緩くなる。  「優輝が思ってくれていることを話してくれたのは嬉しいけど、自分をそんな風に卑下したら駄目だよ。別に優輝と一緒にいたって駄目になんかならないし私は同情心で付き合っているわけじゃない。君と一緒にいる時間が好きだから一緒にいるだけだよ。それに自分なんかじゃみたいなこと言っているけど、私だって優輝に見合うような彼女であるかなんて自信なんてないよ」  里奈から意外な弱音が飛び出してくる。彼女が僕に見合うかどうか不安に思っていたなんて今まで一度も聞いたことがなかった。それに彼女がそう思うこと自体意味が分からない。  「私は優輝みたいにゲームとかはほとんどやらないし、外にいる方が好きだから結構すぐどこかに行っちゃうし。そんなんじゃいつか優輝に愛想つかされちゃうって不安に思うことが何度もあるよ。だけどいざ自分を変えてみようと思ってもそう簡単には変わることはできなくて自己嫌悪に入っちゃうことだって何度もあったし。不安に思っているのは優輝だけじゃないんだから。少しはそこに気付いてよ馬鹿!」  最終的にはよく分からない形で怒られることになったが、彼女が怒っている理由はようやく理解できた。それが分かったら安心すると同時に笑いがこみ上げてくる。彼女は何よと拗ねているが笑いは止まらなかった。笑い過ぎなのか安堵のせいかは分からないが涙が自然と溢れてくる。  「さっき里奈が笑っていた理由が分かったよ。こんな風に悩んでいるのは僕だけだと思ったけど、里奈も同じように悩んでいたんだね。そのことに気付けなくてごめんね」  「うむ、謝ってくれたから許してあげましょう。それともう一つだけ注意しておくけど……」  里奈が再び表情を硬くして話し出す。  「次に私のために別れるとか言い出したら本気で殴るからね。私のためにって優輝は言ったけど、本当に私のことを思っているならまずは私の気持ちを考えてよね。私は優輝と一緒にいたいからいるのに、それを勝手な都合でなくされたらそれの方が悲しいからね。私は自分の意志で一緒にいる人を選んでいるんだからそこは踏みにじらないで。万が一君のことが嫌いになったら別れようっていうから、そういわない限りは優輝のことが好きだってっことを察して」  それだけ言い終えると納得したのか、いつもの明るい表情に戻る。だけど自分が言ったことを思い出したのか、すぐに顔を真っ赤にして僕から顔を背ける。僕の方も鏡をみなくても分かるくらい顔が赤くなっているだろう。だけど里奈の説教のおかげで僕も冷静になれた気がする。確かに君のために別れようと言ったのは僕の自分勝手な判断だった。彼女に見合うような男になるのがつらいからそれから逃げ出すために自分から別れを切り出したのかもしれない。  それに君のためにという理由をつけることで、大切な人のためになにかを投げ出す自己犠牲愛に浸ろうとしていたのだと思う。そんな僕の身勝手なエゴで危うく本当に大切なものを失うところだった。  この公園で里奈から本心を聞けたことにより、告白に答えてくれたときのことを思い出すことができた。文字通り舞い上がって喜んでいたが、月日が経つうちに少しずつその感情薄れてきていたと自覚することとなった。もし本当にそのときのことを忘れていなかったら、別れようなんて言い出すわけがない。  恋人として一緒にいる時間が長くなるにつれ、そのことが当たり前になってありがたさというものが薄れてきたのだと思う。皮肉にも別れを切り出したことにより、そのありがたみを思い出すことができた。  「ごめん、もう自分勝手に別れようなんて言わないよ。それに改めて分かったけど、僕はどうしようもないくらい君のことが好きだということも分かったよ。……だから、これからも一緒にいてくれるかな?」  自分でも恥ずかしくなるような言葉であったが、今ならそんな言葉も簡単に出すことができた。里奈はさっき以上に顔を真っ赤にしているがそれでも真っすぐ僕のことを見つめてくれた。  「もちろんです。これからもよろしくお願いします」  そう言って彼女はいつもの明るい表情で返事をする。その笑顔は夏の太陽にも負けないくらい輝きに満ちたものであった。
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