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夏を感じる蒸し暑さの中、意識は浮上と沈下を繰り返していた。外では蝉の騒がしい鳴き声が忙しなく鳴り響いている。気がついたら朝になっていたようだ。そして蝉の騒がしい鳴き声に負けじと響きわたる母の怒鳴り声。
「優輝! 早く起きなさい! 今日は終業式でしょ!」
「あと五分だけ寝かせて……」
まどろんでいる意識の中、適当に返事を返す。なにをそんなに怒鳴ることがあるのだろうか。一日の始まりなんだしもっと優雅に声掛けが出来ないものだろうか。そんな夢心地もベッドの横にある時計を見て終わりを迎えた。
漫画から聞こえてきそうな足音を立てながら階段を駆け下りていく。時計を見てから階段を駆け下りるまでのスピードは、緊急出動のかかった消防士さながらの速さであった。そんなどうでもよい感想が脳裏をよぎった。とりあえ
ず今はそれどころではない。
「母さん!何で起こしてくれなかったの!」
食卓にすでに揃えられている朝食のうち、食パンだけを口にしながら母親を責め立てる。
「何回も起こしても起きないあなたが悪いの。もう三十分前から起こしているのよ」
一方的に母を責め立てる僕の発言をいなすように、母親がきっぱりと言い返す。確かに今の時間から三十分ほど前が予定起床時間だったので、その発言は正解なのだろう。だけどもう少し頑張って起こしてくれてもよかったのではないだろうかと見当違いな感想が沸き起こってくる。
食卓にはまだ朝食が残っているが、時計と食卓を交互に見比べ食べることを諦める。さすがにここで朝食を食べていたら間違いなく遅刻になるだろう。それに外ではおそらく待っている人がいるだろうし、その人もこれ以上待たせるわけにはいかない。改めて食卓の朝食を見ながら、なぜもっと頑張って起こしてくれなかったのかと母親を心の中で責め立てる。だが声に出してもあっさりいなされるだけなので、そこは諦めることにした。
「あ、それと里奈ちゃんも外で待っているわよ。最初にちゃんと謝っておくのよ」
「分かったよ。じゃあ行ってきます」
僕の予想通りやはり待ち人はすでに家の前にいるようだ。それ以上その子を怒らせないように僕は足早に家を飛び出した。
「ちょっと優輝、遅いよ!」
家を出た途端、さっきまでと同じような言葉が飛び込んでくる。朝日の逆光で姿がはっきりと分からないが、シルエット声だけ誰だか判断はつく。短く切り揃えられた髪に、少年を思わせるすらりとしたライン。スポーツバックを肩にかけ、健全なスポーツ少女を連想させる少女が仁王立ちで僕の前に立ちふさがる。
「ごめん寝坊した。昨日も夜通しゲームしてたんだけど、気がついたら寝落ちしててね。起きたら朝でびっくりしたよ」
「また徹夜でゲーム。そんな生活続けていたらダメ人間になっちゃうよ」
ついさっきまで母親から言われていたようなことを次は里奈から言われる。家では母親、外では里奈からと全く逃げ道がない。とりあえず話の話題を変えないことにはいつまでも小言が続きそうだ。
「怒る気持ちはわかるけど、そろそろ出発しない。さすがにもう急がないと遅刻しちゃうよ」
「あ、確かにそうだね!さすがに最終日に遅刻は嫌だよ!」
時間がないことに気付いたのか、里奈が慌てて駆け出す。僕が歩き出すのを待たずにあっという間に里奈との距離は開いていく。どうやら小言を抑え込むのは成功のようだ。
「ほらー、そんな呑気に歩かないの。先に行っちゃうよー。早く走りなさい!」
遠くから里奈がせかすように大きな声で呼びかける。夏の太陽に照らされた彼女の姿は驚くほどに様になっていた。はにかみながら手を振る彼女は、健全なスポーツ少女そのものであった。そんな彼女の姿を見ているとこっちまで笑顔になってくる。
「今すぐ行くよ」
遠くにいる里奈に追いつくために駆け足で真夏のアスファルトを蹴り上げる。夏の暑さはこれからやってくる休みの訪れを強く感じさせてくれた。
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