24人が本棚に入れています
本棚に追加
出番を控え、バックステージから客席を覗くと、彼の復帰舞台を見ようと騒ぐ客と記者達が詰め寄っていた。
震える両手を彼は握りしめる。手のひらに押しつけた指先を見た瞬間、小さく叫んだ。
「何か仰いましたか?」
マネージャーが反応するが、首を横に振ると彼は不思議と落ち着きを取り戻していた。
(……そっちはどう?)
問いかけは風に流され、消えていく。琴の音色は聞こえない。
客席の向こう、丘の下に金色の稲穂が礼儀正しく並んでいるのを見つけた。一面の田圃が自分の観客だ。
(――全力で、一緒に楽しもう!)
少女と弦を弾いて擦った人差し指の傷を、彼は愛おしく撫でた。
舞台中央のピアノへと歩き出すと、少女のいる向こう側から、コロコロと笑うような音色が響いた。
♪
最初のコメントを投稿しよう!