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これは運と言うべきか、それとも縁と言うべきか。
家の近くの道端で、錦織音羽は首を傾げた。
◇◆◇
「クァ」
「今日は……カラスですか」
足元にはバタバタと羽を広げて暴れる、まっ黒い生き物。
会社からの帰り道、音羽は傷ついて飛べなくなったカラスを見付けた。
錦織音羽二十二歳、ごく普通のOLで彼氏はいない。念願の一人暮らしを始めて半年。仕事はやりがいがあるし、一人暮らしも順調で毎日が楽しい。
ただひとつ問題があるとすれば、通勤途中に通る人気のない路地だ。音羽はここでやたらと傷ついた生き物を拾ってしまう。
「クアァ……」
「お願いだから、大人しくしてね」
「クァ」
上着を脱いでカラスに着せるように包み込むと、そっと腕に抱いた。
大きなくちばしはちょっと怖いけれど、音羽をつつく元気もなさそう。
もしかしたら猫に襲われたのかもしれない。
放ってはおけなくて、飛べるようになるまで家に連れて帰ることにした。
怪我は大したことなさそうだけど、このままだとまた猫に襲われるかもしれないから。
「ただいまー」
部屋に帰って明かりをつけると、腕の中でカラスが少しだけもがいた。
「お願い、静かにしてね」
「クァ」
部屋の中には以前買った猫用の大きなケージがある。鳥用ではないけど、ほんの少しの間だからこれで良いかな。戸を開けて入れると、カラスは落ち着いてその中に納まった。
餌は何かとスマホで調べると「何でも食べる」と出てきた。確かにカラスってそんなイメージよね。
とりあえず、前に買っておいた猫の餌をあげることにする。
音羽が一人暮らしを始めてから半年で、生き物を拾ったのはこれで五回目だ。みんな深刻ではないが放っては置けない程度のけがをしていた。
犬と猫は首輪が付いていたので、家で簡単に手当てしてから飼い主のもとへ戻した。
ネズミは一時的に保護して元気になってから放した。
野生動物は飼っちゃいけないから。
蛇を拾った時は、大変だった。毒は無いアオダイショウだったけど、餌が……。
偽善だとは分かってる。だってカラスを襲ったのはその前に助けた猫だったかもしれないし、アオダイショウの餌はペットショップで買った冷凍ネズミだ。
でも目の前に怪我をした生き物がいるんだもの、見ないふりで通り過ぎることができなかった。
そんな訳で、カラスもまた数日の間うちにいて、猫の餌を食べていた。怪我は大したこともなくて、三日もすれば元気になった。
ケージの扉を開けると、トコトコと窓のほうへ歩いていく。
「飛べるかな?」
「クア」
軽く羽ばたいて窓の桟に止まると、カラスは振り返って音羽を見た。
三日も世話をしていると情が移る。太い大きなくちばしはちょっと怖いけど、つぶらな瞳が可愛いと思う。
「じゃあね。もう怪我をしないように気を付けるのよ」
「クアァ」
まるでお礼を言うように頭を下げると、カラスはそのまま空へと飛び立っていった。
それが一週間前のこと。
――そういえばあのカラスは元気にしているだろうか。
目の前に立っている全身まっ黒い服の男の人を見ながら、音羽はふとそんなことを思い返していた。
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