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「あの、これを落としましたよ」
「はい?」
先週カラスを拾ったあたりで、音羽は突然知らない男の人に話しかけられた。
パッと見た感じは同じくらいの歳に見えるけど、何だか古風なナンパみたいだ。それでも無視せずに立ち止まったのは彼の顔のせいかもしれない。ちょっと身近では見たことがないくらい綺麗に整った顔の男の人だった。
すらっと背が高くて艶のある真っ黒な髪の毛、黒いTシャツに黒いズボン、先の尖った黒い靴。お葬式帰りというわけではなさそうなので、こんなに全身真っ黒だと普通ならちょっと異様にも見える。けれど、無表情ながらも途方もなくイケメンだから、多少服の趣味が悪かろうと気にならない。
――近所にこんな人いたかなあ。
彼の差し出した手の中には鍵が乗っている。革のちっちゃなクローバーのキーホルダー。音羽のものだった。
落としたなんて全然気付かなかった。
「あ、あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「私、いつ落としたのか……ちっとも気付かなくて」
「俺も実は落としたところは見ていないんですが、すぐそこの草の上でキラッと光っていたので。多分、今落としたばかりだと思いますよ」
「えっと……本当にありがとうございます」
「いえいえ。ではお気をつけて行ってらっしゃい」
その人は無表情なまま軽く手を振って、あっさり音羽を見送った。
――ナンパじゃなかったんだ。
ホッとしたような、少しがっかりしたような気持ちを抱えながら、音羽は会社へと足を向けた。
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