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余加難はレーサーで男のチャンピオンだった
挫露目もレーサーで女のチャンピオンだった
だが、所詮、女の世界のこと
挫露目は余加難に憧憬の念を抱いていた
詰まる所、自分にないものに
分厚い胸板に縋りつきたかった
太い首にも太い二の腕にもシックスパックの腹筋にも
更にはビッグソーセージをまるかじりしたかった
巨大なバケツから溢れんばかりの肉欲が莫大なる恋に発展した
余加難がどうしても欲しい
余加難を必ず手に入れてやる
恋する思いで胸が張り裂けそうになり命を燃やすくらい恋焦がれて狂おしいまでの恋となった
しかし、彼女の愛の告白を彼は受け入れなかった
分厚い鉄板の柵を間に差し込んで遮ったような完全なる拒絶であった
それは挫露目を地獄の底の狂気に陥れた
余加難に鬼胎を抱かせる程に
挫露目は今にもマグマが噴火しそうな抑えきれない悔しさと妬ましさと憎らしさと恨めしさを押し殺して彼に言った
お前の唇をきっと奪って見せると
やれるものならやってみろ
余加難の口吻はジャングルの帝王の虎のように強気そのものだった
よおし、それならば互いに自慢するスーパーセブンでゼロヨンをやろう
そして、あたしが勝ったならあたしの男になってあたしの接吻を受けろ
挫露目はジャングルの帝王の虎より強い猛獣のようにふっかけたのだった
よかろう望むところだ
余加難は負ける可能性なぞ微塵もなくお前の勝算は限りなくゼロに近い
そう言わんばかりに受けて立った
火蓋が切られるのは挫露目が所有する直線コースのレース場
ゴールの両脇にはゴールを示す為のポール
それも奇妙なことに何故かトーテムポールを立てることにした挫露目
それは何を意味するのか余加難には分からなかった
レースの前夜、シャレコウベのように白く陽気に光る月の下、挫露目はトーテムポールの所へやって来ていそいそと何やら仕掛けていた
レースの当日、奇しくもシャレコウベのように白く陰気に光る太陽の下、余加難はマイカーで意気揚々とレース場にやって来た
女如きに負ける訳がないと高を括りながら
スタートラインに着いた二台のスーパーセブン
二台ともレーシングスクリーンだ
フロントウィンドウが無いに等しい
互いにエンジン回転数をイエローゾーン辺りまで上げ、スタートのシグナルが灯ると同時に反クラからガツンとクラッチを繋いだ
轟音が轟音を呼んでホイールスピンしながらロケットスタート
差し詰めジャングルの帝王の虎同士の猛バトルと言ったところか
僅かに余加難がリードする
と、途中で挫露目はどうした訳か急ブレーキをかけコースアウトした
一方、余加難はゴール目指してまっしぐらに加速し続ける
稀に見る神速的なシフトチェンジで好タイムを叩き出しゴールイン
と同時にキャイーンともアイーンとも取れる甲高い悲鳴が須臾の間に嚠喨と鳴り響いた
勢い彼の首が後方に飛んでごろりごろりと岩のように転がった
余加難のスーパーセブンは飛沫を上げながら血潮を噴出した首から下を乗せた儘、壁に激突し大破した
物凄い爆発音と共に激しく燃え上がる炎と吹き上がる黒煙
それをそれとは対照的に静かに秘かに見やるように透明な一本の釣糸がぴんと張っている
それがトーテムポールとトーテムポールを冷然と結んでいるのだ
釣糸からぽたりぽたりと血が滴り落ちる
猶も火煙が吹き荒れ燃え盛る余加難のスーパーセブン
この顛末を白日夢を見るかのような心境になって魔女の如く高笑いする挫露目狂喜するあまり全てから解き放たれた魂を具現化するかのように身に付けている物を次々に脱ぎ捨て血が赤い絵の具をばらまいたように周辺に飛び散り或いはべとりと溜まっている余加難の首のところへやって来た
右手で髪の毛を掴んでぐいと持ち上げると、両手でしっかり首を挟んで縦にして自分の顔の前に持って来た
異様な三白眼で余加難の顔を見つめたかと思うと両唇をむんずと合わせ口づけした
それは赤々と猛り狂う焔の如き熱烈な接吻だった
自分の唇と両手で以て両唇を強く押し付け続け狂喜が怒涛のように激しさを増す挫露目
キスが済むと手の舞い足の踏む所を知らず裸踊りを始めた
ひらりひらりと舞うごとに何度手に持った余加難の首が揺れ足を踏み鳴らしたことか
地面に生々しい血の足跡を夥しく残しながらトーテムポールの方へ引き寄せられて行く
何を思ったか血の付いた釣糸をぺろりと甞めるなり嚙み切った
と、突然、一散に走り出し猪突猛進した
余加難の首を持った儘、迷いなく逆巻く炎と煙の中へ身を投げた
そうして余加難と一緒に業火の中で儚くぼうぼうと燃えてしまったのだった
その時、トーテムポールは二人の墓場のシンボルとなった
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