無垢と足跡

2/2
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 ***  昨日の天気予報を見てから、ずっとうんざりしていた。  日曜日の朝、僕は仕方なくいつもの休みの日よりも早起きして、緩慢な動作で着替えるとそのまま外へと歩き出した。 「ちょっとあなた!ちゃんと長靴履いた?あなたももういい年なんだから、転ばないように気をつけなさいよ」 「わかってるって……。ていうか、四十手前でいい年とか言われるの泣けるんだけど」  妻の声が後ろから飛んでくる。ややイライラしながら言葉を返して、庭先へと歩を進めた。この地域ではやや珍しい雪が降ると、普段はなんの変哲もない庭や道路が子供たちの遊び場へと変貌することを僕は知っていた。  庭も道路も、まだほとんど通る人がいなかったがために、まっさらな雪が積もったままになっている。面倒くさいな、と心底うんざりした。家の前だけでも雪かきをしておかなければいけない。雪なんて交通機関が麻痺するだけでいいことなんぞ何もないのに何故降るのだろう。特にここ最近ちっとも雪が降る気配がなかったこの地域でだ。 「わあ!」  倉庫からシャベルを取り出してきた時、縁側に出てきた娘が歓声を上げるのが聞こえた。 「雪だ、雪だ!いっちばんのりー!」 「!」  まだ小学生の娘ははしゃぎながら靴だけ履きかえると、そのまま真っ白な雪が積もった庭に降り立った。そして大股で踏み出して、ざっくりと雪に足跡をつける。自分の靴跡がしっかりつくこの瞬間がたまらないと言うように――ああ、と僕は思う。そういえば、子供の頃の僕もそうだった。まだ誰も踏んでいない雪に足跡をつける。そんなくだらないことが楽しくてたまらなかった時が、僕にも確かにあったのだ。  いつの間に忘れてしまったのだろう。  いつから僕は、月曜日まで雪が残って凍ったら歩きづらくて嫌だなとか、交通機関が遅れたら面倒くさいとか、そういうことばかり考える大人になってしまったのか。 「ひのか」 「う?なあに、お父さん」 「……せっかくだから、たまには一緒に遊ぶか?」  僕が提案すると。娘は目をまんまるにして、次の瞬間破顔した。  さあ、今回はどこまでも大きな雪だるまを作ってみようか。  ほんの少しだけ、あの頃に戻った気持ちになって。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!