罰ゲーム

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罰ゲーム

 未だに真惟とは仲直りできていない。一人孤立したように毎日を過ごしている。わたしが近づくとあからさまに知らんぷりをする。それが周囲に誤解を与えていた。拒絶したのはわたしなのだが、みんなからは無視しているやつが真惟で無視されているやつがわたしなのだ。その分わたしは声をかけられることが増えた。反面、真惟はますます孤立していった。どうにかしたいと焦る気持ちと、どうしたらいいのか分からないという気持ちが雑に絡み合い、現状維持が続いていた。  昼休み。真惟は何処かへいってしまう。隣の開いた机をくっつけ、珠恵と沢井さんの三人で昼食をとる。沢井さんが座っている席は、前まで真惟が座っていた。それをみるたびにもやもやした感情がわき出てくる。それでも今のこの状況はわたしが作り出した。真惟に嫌いといってしまったあの日、もし違う伝え方をしていればと考えるが、それなら山本くんの告白はどう変わっているのだろうと、起こりえない過去の出来事をいつまでもうじうじと考えていた。  珠恵と沢井さんはコンビニで買ったパンだった。さけるチーズもあるし。  沢井さんは変わったというか元に戻ったというか、よくわからなかった。わたしたちの前の沢井さんと、みんなに囲まれている沢井さんと、前に見た母親の前の沢井さんもどれも違うのだ。どれかを選ぶか混ぜてまとめることで沢井さんを捉えることができるのなら、わたしはどうだろう。どこにいても誰といても明確な違いはない。これがわたしといえばそうなのだろうが、えらく抽象的すぎてぼやけている。りんごといわれて想像するものが人それぞれ違うように、一般名詞的な存在。固有名詞で呼べない、それがわたしの思うわたしだった。 「それでみーちゃん、どう?」 「今のところなんも動きがないよ」  いつ作戦を実行するか相談していた。真惟と仲直りできずにいるが、転校の色々な手続きが進む前にしたほうが確率があがるというもっともらしい意見がでたのだ。先生に聞いてもまだの一点張りだ。目に見える動きとして引っ越しだとか転校先の具体的な話が見えればすぐにでも実行する気だった。具体的にはみんなで沢井さんの家に行って事実を伝えることとわたしたちの思いを伝えること。あとは臨機応変に質問に答えられるようにすることなどだった。  しかし、わたしはひそかに転校を止められないのではないかという思いが強くなっていた。考えれば考えるほど悪い方向へどうしても考えてしまう。振り払おうとしてもつきまとってくる。そんなことを繰り返していた。明日は中津川さんと仲良くなる作戦の日だった。弱気になる要因はもしかしたら関係しているのかも知れない。 『ゆかり、ゆかり!』  帰宅後、明日の作戦の復習をしていると電話口から珠恵の焦った声が聞こえてきた。走っているのかゴーゴーと風の音が聞こえた。 「どうしたの?」 「さ、沢井さんが、家出したって」 「……え」 『今先生から家に電話かかってきて、それで』 「珠恵どこ? 今行くから」  わたしは珠恵から場所を聞ききながら家を飛び出した。上着を手に持ったまま飛び出す。母親が何かいっていたが聞き取れなかった。それでも足を止めずに走った。着崩した制服の隙間から夜風が入り込んで寒い。それでもかまわずに走った。 「ゆかり!」  手を振って珠恵も走ってきた。 「どうしよう、私のせいかも、私が」  こんなに焦った珠恵を見たのは初めてだ。 「電話は?」 「つながらない、何度掛けてもダメ」  携帯を持つ手はふるえていた。どうしようどうしようと取り乱していた。 「きて、わたし心当たりがあるから」  早口で伝えて珠恵の手首を掴んだ。引っ張られるようにしてついてくるがいつの間にかわたしよりも前を走っていた。「そこ右!」と案内をし、わたしたちは橋の下についた。  しかし、そこに沢井さんはいなかった。 「そんな……」  肩を落とした。ここにいると思ってたのに違った。他に沢井さんの行きそうなところはわからかった。わたしは沢井さんをそこまで知らないのだという現実を突きつけられたようだった。こんなときに沢井さんがどんなことを考えているのかわからない。知らない。わからない。どこにいるの。何をしているの。  何かヒントになることはないかと沢井さんと一緒に過ごしたことを思いだしていた。さけるチーズで現れて、曜日ごとに味が変わっているといったり、わたしの絵をうまいって褒めたり、ずるいっていって破ったり、自分のことを更科さんって呼ばせたり、ゲームにハマっているっていっていたり、沢井さんのお母さんに遭遇したり、沢井さんっていっちゃったけど、まだ罰ゲームしてなかったり。  沢井さんが行くとしたらどこだろう。ここ以外に良いところ。もしわたしだったらと考えるが、わたしも大概の場所を知らない。ここか学校か家しかない。家はなくて、学校もおそらくない。一瞬校舎裏を思い浮かべた。隠れるにはちょうどいいかも知れない。 「珠恵、沢井さんはもしかしたら……」  校舎裏といおうとして止まった。一つだけ思い浮かんだ。ここと同じくらい隠れるのにちょうどよくて沢井さんも知っている場所。 「行こう」  再び珠恵の手を取ってわたしたちは走り出した。
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