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根に持つタイプ
次の日、再び行きたくないと駄々をこねる足を引きずって家を出た。立て続けに休むとますます行きたくなくなる現象はすでに経験済みだし、学校についてしまえばなんとかなることも知っていた。
昨日家に電話が来ていたらしく、対応した姉にサボったことを親に内緒にする口止め料としてコンビニのアイスを買わされた。さすがに二日続けてはお金の無駄だと思ったのも決め手になった。
「昨日どうしたの?」
教室に入るやいなや橘真惟が質問をしてきた。真惟とは高校からの付き合いで、半年前の入学式、隣の席が真惟だった。鞄からなんとかっていう特撮ヒーローの古いキーホルダーが落ち、それを拾って話すようになった。
「あ、わかった。宿題忘れて逃げたんでしょ」
逃げた、という表現にむっとしたが近からずも遠からずなので適当に「うん」とうなずいておいた。
「やっぱりね」と得意顔。まあいいけどさ。
窓側の一番前がわたしの今の席だった。授業中内職にいそしむことを日課としている連中はこぞって後ろの席であることを願うがわたしはどこでもいい派だった。夏場は日差しが暑いから嫌だけど。
席に着き教科書を鞄から机の中に移していると、あのさとまだいない隣の席に座った真惟が口を開いた。
「何かあった?」
わたしはちらっと廊下側の一番前の席を見た。沢井みち、昨日橋の下で会った変人の席だ。六月の下旬から来なくなったいわゆる不登校の生徒。それまで話したことはなく、同じ教室にいるただのクラスメイトだった、昨日までは。
「何もないよ」
「やっぱりねぇ」
真惟はわたしよりも身長が高く、たぶん沢井さんよりも高い。百六十五センチだったはずで、手足が長い。わたしが短いのではなく、真惟が長いと思うようにしている。逆に髪は短くて沢井さんと同じく細い。雨の日に大変なわたしの猫っ毛をバカにしているかというくらいさらさらしている。見た目はお姉さん系でカッコよく空手を習っていて特撮ヒーローオタク。レッドが好きらしい。自身のことをオレと呼んでいるが理由は聞いていない。
「もしかしたら夏休み中に宇宙人に遭遇して不良になったのかと思ったよ」
「いや、宇宙人に会ったなら不良以上に何かされそうだよね。てか、何で宇宙人?」
「いや、それがさ、」
「ユーカリおはよー」
ポニーテールを揺らしながら歩いてくる門田珠恵が挨拶してきた。珠恵は占い好きで低身長。目が大きくてぱっちりしている。真惟と並んでいると本当に小学生に見えるのだが、これは禁句になっている。珠恵曰く、占いの結果によると十八歳から成長し始め、二十歳にはわたしとのまな板同盟を解散してナイスバディ担っていると真惟の放漫な胸をたたきながらのたまっていた。失礼きわまりない。
「忘れてた。ゆかおはよう」
「お、おはよう」
真惟と珠恵がまるで喧嘩した小学生がやる、おもむろないない者扱いをしているかのようだった。二人ともわたしの顔しか見ず、名指しで挨拶してくるし。
「何かあったの?」
「聞いてよ、たまがオレのこと嫌いっていうんだよ」
「仕方ないでしょ、花占いの結果だもん」
「花占いって」
小学生くらいにやったことがある、好き嫌いといいながら花びらをもぎ取っていくやつだろう。珠恵がやっている姿を想像すると妙にしっくりきた。
「せっかく私が占ってあげたのにマイマイが、」
「『ユーカリは今頃宇宙人と会っている』なんて誰が信じるのさ」
「だってそう出たんだもん。それをインチキ呼ばわりすることないじゃん」
「本当のことでしょ」
「そんなのわかんないじゃん。ユーカリ、宇宙人どうだった? 未知との遭遇は何処でどうだったかこの頭でっかちに熱く語ってあげてよ」
「いや、宇宙人とは会ってないし」
未知という部分でいえばたしかにそうかもしれないけれど。沢井みちだし。あの後、さけるチーズの沢井さんに『更科さん』と呼べといわれた。まったく謎だらけだ。
思い返せば、学校にいた時から謎だった。機嫌がいいと思えば数分後にはむすっとしていたり、言動と行動も一致しない。気分屋か所属していたのが演劇部だったため何かの役作りなのかと初めは思った。しかし、日を追うごとにその奇人変人っぷりが増し、多重人格なのではないかとの噂まで出てきた。沢井さんはそれを全く気にする様子もなく自由奔放に振る舞い、最終的には心配した周囲に当たり散らして学校に来なくなった。その後も『沢井みちは芸能活動をしていて休んでいる』とか『短期留学するために猛勉強している』とか根も葉もない噂が一人歩きをして一時期話題の人となっていた。
「ほら、やっぱりインチキじゃん」
「ならあれはどうなのさ」
珠恵が教室の後ろの方を見た。視線の先には中津川さん本を読んでいた。ブックカバーをしているので何を読んでいるのかはわからないが、この前珠恵があれは読んでいないと断言していた。『どうせ聞き耳たてるために読んでいるフリしてるんだよ。あのページを開く速度はおかしい』といっていた。確かに何となく眺めていると、人がいるときだけ妙にページが進んでいない。珠恵のいうとおりなのかもしれないと思ったことを覚えていた。
「ああ、『柿原ゆかりが人助けをしている』って噂でしょ。ゆかはそんなこと絶対にしないのにね」
失礼なやつだ。しかも絶対といいきった。わたしだってするよ、困ってる人がいれば、たぶん。
「あ」
珠恵が小さく声をあげた。視線を戻すと中津川さんと目があった。しかし、それも一瞬ですぐにそらされてしまう。本を閉じて机の中にしまい、教室から出て行ってしまった。
「なにあれ、感じ悪い」
「ユーカリなんかした?」
「わたし?」
「うん、だって今の明らかにユーカリと目があったから出て行ったんでしょ。それに私ちょくちょく話すし」
「オレも挨拶はするよ」
「うーん、記憶にない」
何もしていないはずだ。基本わたしから何かするというわけでもなく、来るもの拒まず去る者追わずなのだ。だから直接的に何かをしたわけではなく、間接的には何かしている可能性はあるけど、それはどうしようもない。
「でも不思議だよね」
「なにが?」
出て行った中津川さんを見つめるように教室の後ろドアから視線を外し珠恵は続けた。
「思ったんだけどさ。いつも史ちゃんが噂を流しているって噂だけど、もしそうならおかしいよね」
「おかしい?」
「うん、だってユーカリのことが嫌いなら何でユーカリにとっていい噂を流すのさ」
「単純に中津川以外の人が流したんじゃないの?」
「誰が? なんのために?」
「さあ」
たしかに誰かをあざ笑う噂ではなく、比較的張本人にとってはいい内容の噂がほとんどだった。沢井さんの件もそうだ。
「もしかしたら史ちゃんを誰かと仲良くさせようとしている黒幕がいるんじゃないかって思うんだけど」
「誰がそんなことするのさ」
「たとえば、担任の瀧口先生とか」
「あー、たしかにやりそうだね」
「でしょ」
「でも中津川本人があれじゃね」
中津川さんは自分から距離を置いているように見えた。挨拶はする、話もする、しかし誰かを誘って行動をともにするとかはしない。わたしと似ている部分があると親近感が沸いていたのだが、どうやら嫌われているらしい。
「いや、私の推理だとあれはツンデレとみた。気持ちを伝えたいけど上手くいえないからどうしよう、でも仲良くなりたいという葛藤を抱えているに違いない」
「ミステリーオタク」
「うるさい、特撮ヒーローオタク」
仲がいいなと二人を眺めていた。まるで姉と妹だなと口に出したら双方から怒られそうだ。
「それでユーカリは昨日宇宙人に会ってないんだとしたら何してたの?」
まさかあの沢井さんと出会ったなんていえるはずもなく、「何も、ぼーっとしてた」と嘘をついた。いや、実際に帰った後特に何をすることもなくぼーっとしていたから全てが嘘ではない。
「なにそれ」
「ゆからしいね」
二人が控えめに笑った。そんなに普段からぼーっとしている人間に思われているのだろうか。
「あ、そうだ。今日オレ部活ないんだけど、駅前に新しくできたカフェ行かない?」
「あ、あの大都市にしかなかった有名のところでしょ。いいね、私も今日は特に用事ないんだ」
「たまはいつも用事ないでしょ」
「そんなことないよ、古本屋でお宝探すの結構大変なんだから」
いつの間にか仲直りしているのはいつものことだった。そんな光景を見ていて普通だなとホッとした。
「ゆかも行くよね?」
「ごめん、わたし今日用事ある」
「あ、買い物? つき合うよ」
「いや、その……」
沢井さんに『明日も来てくれなかったらこのもらった絵、ネットにアップしちゃおうかな、もちろん柿原ゆかりの名前で』と脅されていた。
「ほら、わたし人助け絶対にしないタイプだから助けてもらうわけにはいかないのよ」
「ゆかって根に持つタイプだよね」
「確かに、結構人のいったこととか覚えてるよね。それで何かあるごとに追い詰めてくるよね」
「追い詰めるって人聞きが悪いなぁ。そんなことないよ」
自覚はなかった。それにわたしはそんな人ではない。それはわたしじゃないのだ。
「今日はごめん、二人で行ってきなよ」
「じゃあまた今度にしよう」
「そうだね」
「え、悪いよ」
「いや、楽しみは三人で、だよな」
「なー」
いつにするとか話していると瀧口先生が教室に入ってきた。それを合図に二人は自分の席に戻っていく。わたしの隣の子はまだ来ていない。休みだろうか。きっと昨日のわたしもまだ来ていない程度にしか認識されず、一日が過ぎていったのだろう。同じく、沢井さんも来ていない。沢井さんは今何をしているのだろうか。昨日久しぶりに見た沢井さんを思いだしながら、少しだけ気持ちが重くなった。
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